第56話 僕と懺悔と怒りと白い世界 -10

    一〇


「……きっつ」


 病室のすぐ外の通路で、僕は座り込んでいた。

 本当にきつかった。佑香に浴びせられる罵声の一つ一つが、僕の胸の中にぐさりぐさりと大きな穴を開けるように突き刺さっていった。

 しかし、佑香は悪くない。

 弱っている佑香に『恨むんなら僕を恨め』なんて言ったら、僕でもあの結論に辿り着いてしまうかもしれない。苦しいことから逃れようと、誰かの所為へ、と考えが及ぶのは当たり前である。

 悪いのは――


「お、少年。久しぶり」

「……そこに立っていたのは、先生だった」

「おいおい。カギカッコ付いているぞ」


 先生は、ふっと笑う。


「俺の登場は不満か?」

「不満じゃないですよ。別に」

「じゃあ、何で浮かない顔してんだ?」

「これは……」


 佑香にこっぴどく言われました、なんて言えない。

 黙っていると、先生は「ま、別にいいや。それより――」と、真剣な表情で大きめの封筒を僕に手渡す。


「少年。これは例の頼まれていたものだ」

「何か、危ない取引みたいですね」

「……」

「どうしたんですか?」


 そう訊くと、先生は髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。


「少年……神様って、本当に残酷だよな」

「はい? 唐突に何ですか?」

「……そういや、俺はお前に嘘を言った」

「嘘ですか?」

「ああ。昨日、いい偶然を『奇跡』と呼ぶ、と言ったが……悪い偶然も『奇跡』って言うんだな」

「……? 何のことですか?」

「少年」


 先生は突然、僕の肩を掴んだ。


「お前を佑香の一番の想い人だと認める」

「……」


 いや、もう、そうではなくなってしまったんですけどね。


「だから言う」


 先生は、力強く僕の肩を掴んだ。


「絶対に馬鹿なことをするな」

「……っ!」


 その言葉で、僕は先生が言わんとしていることが判った。


「先生……」

「……」

「『奇跡』が……起きたんですね」

「……ああ」


 先生は首を縦に振る。

 そして僕は、自分の眼で確かめるために、ゆっくりと封筒を開けた。

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