第44話 ボクと誤解と水と恨み -06
六
それから、ボクはずっと伏せていた。とりあえずボクは、自分の気持ちが落ち着くまで海外で人気のドラマを徹夜で見ているから寝かせてくれ、と言って他の人は追い払った。さらに都合のいいことに、月曜日の一時間目に席替えだったので英時とは席が離れた。ボクは廊下側、英時は窓側なので物質的な距離も大分離れた。だから余計なことは考えずにすんだ。
しかしながら一日中考えたも、答えは未だ出ていなかった。
そして、気持ちも未だ途切れていなかった。
「……情けないな。本当に」
そう呟いた今は、火曜日の昼休み。
ボクは昨日と同じように、昼食を一人で摂った後にずっと伏せていた。確か、食後に寝ると牛になるとかいう迷信があったな、なんてくだらないことを考えながら、ボクは眼を閉じた。
眼を瞑ると、周りの音がよく聞こえた。あぁ、誰かが宮下君の唐揚げを取ったんだな。へぇ、青山君が犯人なんだな。あ、細山さんが水元さんにからかっている。ふーん、恋の話か。
恋の話、か。
……ボクにはもう、無縁の話だな。
そう切り捨て、本格的に寝ようと考えたボクは。右頬を右腕に当てて寝やすい体勢になった。
と、ちょうどその時。
教室内がざわめいた。
思わず顔を上げて周りを見渡すと、騒ぎの中心がすぐに分かった。
窓際の後ろの方の席。
英時の席の前だった。
高見君が、堺さんとその取り巻きの二人、逆島さんと二瀬さんと何やら口論していた。
何しているんだろう、と少し気になりながら見ていると、
「由宇ちゃん! 公ちゃん! お願い!」
「「うん」」
「遠山君! ちょっとこっちに来て!」
「はい?」
一瞬と言う言葉が、その場の状況に相応しかった。
まるで瞬間移動をしたように、英時と堺さんは教室の外へと飛び出していった。いや、堺さんが英時を連れて行ったという言葉の方が正しいかもしれない。
教室は、静まっていた。みな、唖然としていた。
「お前らふざけんなよ!」
静寂を破ったのは、高見君の怒号だった。その矛先は、逆島さんと二瀬さんに向けられていた。
「堺が英時に何を言うか、判ってんだろうが! 今のあいつの状況で言ったら告白が成功するとでも思ったのか! あぁっ!」
普段の彼から想像も出来ないくらい怒っている高見君に、教室中が凍りついた。ましてや当事者の二人は、半泣きで震えていた。
「……くそが!」
机を拳で思いっきり叩いた後、高見君は教室の外へと飛び出した。
「……」
教室内は、再び静寂に包まれた。息がするのが苦しくなるくらい。
「……うっくひっく」
この静寂を破ったのは、逆島さんの嗚咽だった。
慌てて駆け寄る何人かの女子。男子は「今の何だったんだろうな」と言いながら泣いている逆島さんを横目に話をしている。
「……」
ボクはそのどっちでもなかった。教室の空気が眼に見えるように悪くなったのでトイレに避難しようと思い、席を立った。トイレは何気に落ち着くのだ。変だと、みんなは言うけど……
そのトイレに向かう途中、ボクはあることを考えていた。
告白。
さっき、高見君はそう言っていた。
堺さんは英時に告白するのか。
へぇ。
そうなんだ。
ふーん。
ボクも観覧車で英時から……
……いや、何でもない。
そういえば告白って、何故か高い所でするのが多いよね。
観覧車とか、東京タワーとか、ビルの上の方のレストランとか、屋上とか……屋上とか……
屋上とか……
「……って、何でボクはここにいるんだ?」
いつの間にかボクはトイレを通り越し、屋上へと続く階段の目の前にいた。
「……阿呆極まりないな、ボク」
もし堺さんが屋上の踊り場で告白でもしていたら、ここにいたら声が聞こえちゃうじゃないか。ボクが今いるここは、普段でも何故か人通りが少ない『ダークゾーン』と呼ばれている場所だから確実に聞こえちゃう。でも人通りが少ないからこそ、屋上で告白している可能性が高いのだが……
「ねぇねぇ。遠山君って鈴原さんのことを好きだったんだよね?」
「そうだよ」
「……やっぱり、いたよ」
予想通り、二人の声が聞こえた。しかもはっきりと聞こえるなぁ……って、何をやっているんだ、ボクは。
やってしまった。
早く……早く、立ち去らないと。
しかし、体が言うことを聞かなかった。
その場を動いてくれなかった。
ボクは何を期待しているんだ?
ボクはどんな英時の言葉を待っているんだ?
ボクは何を待っているんだ?
――その時だった。
「一昨日までだけどね」
「え……? どういう……こと?」
「僕は一昨日までは確かに彼女――鈴原佑香を好きだった。だけど……昨日の朝に気がついたんだ。
僕はもう――鈴原佑香のことを好きなんかじゃないんだ」
「え……?」
英時は、はっきりとそう言った。
間違いなく英時の声だし、間違いなくそう言った。
その彼が、こう言った。
ボクのことを好きじゃない、と。
「英時は、もうボクのことを好きじゃない……」
そうか。
もう好きじゃない、のか。
好きじゃ――
「……っ!」
思わずボクはその場から全速力で離れ、トイレの個室へと駆け込んだ。
「……好きじゃない」
さっきの言葉がボクの中でリピート再生された。
好きだった、ということなら英時は確実にボクのことを好きだったんだ。
いや、そこじゃない。
好きだった。
これは過去形の言葉。
ということは今はもう……
「……」
英時はもう、ボクなんか好きじゃない。
ボクのことを、好きではない。
好きでは――ないんだ。
「……あはははは」
思わず――笑い声が漏れる。
「当たり前か。だって振ったんだしね。何が『え……?』だよ。馬鹿みたい。あはははは」
笑いたかった。
だから、笑った。
思いっきり笑った。
――と、そこで何かが口に入った。
とてもしょっぱかった。
――涙だった。
「あれ?」
何で涙が?
「だって今、笑ってるんだよ。笑いたいんだよ。それなのに泣いてる。今って泣きたい時? そんなわけないよね。だって笑っているじゃん。泣いている時は絶対笑っちゃいけないって先生が……って、あれ? 泣いている時だっけ? あれ? あれ?」
ボクの頭の中は、もうぐちゃぐちゃだった。
ボクは笑っている。
そして泣いている。
ボクは笑いたいし
泣きたかった。
こういう場合どうなの? 先生。
止め処なく溢れ出る嘲笑と涙。
その嘲笑は、いつしか哄笑に変わっていた。
「あはははは。これで英時への想いは断ち切った、というわけなんだね。あはははは。これで明日から英時に普通に接することが出来るね。あはははは」
ボクは笑い続けた。
しかし、この時のボクは気がつかなかった。
いや、気がつかない振りをしていた。
まだ、こんなになっても。
こんなことを言っていても。
英時への想いが断ち切れていないことに。
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