第20話 僕と舞台裏と告白と自覚 -02

    二



「……んで、何でお前がいるんだよ。広人」

「いいじゃないか。何か不都合でもあるのか、英時?」

「う……」

「ってか、そっちの二人もっ!」

「だから、何で駄目なの?」

「私達が邪魔になることでも何かするつもりだったの、佑香?」

「う……」


 僕と佑香は、ただ唸るしか出来なかった。

 僕達の横には、広人、真美、奈美がいた。こっそり校舎裏を出た瞬間にニヤニヤ顔の三人を見た時から、嫌な予感はしていたんだが……その後は予感通りだった。


「……はぁ」

「何だよ。溜息をつくなよ」

「お前……」


 広人が凄い邪魔だ。思い切り邪魔だ。無性に腹が立ってきた……って、何でそんなことを思うんだ? っていうか、何で佑香と二人で文化祭を回ることを邪魔されたことを、こんなにも腹立たしく思うんだ?

 ……判らない。何か僕、変だ。

 さっきから佑香の仕草一つ、行動一つが逐一気になるし、佑香の笑っている顔を見ると、何か胸が締め付けられる。

 今まで、感じたことのない感覚が今、僕を襲っていた。


「どうした?」

「いや、ちょっとね」

「そんなに落ち込むなよな。この後の後夜祭のダンスは、ちゃんと二人きりにしてやるからよ」

「後夜祭のダンス?」

「何だ? お前、知らなかったのか?」

「うん。全く。さっぱり」

「はぁ……」


 広人に溜息をつかれたが、吐きたいのはこっちだ。そう言おうと思った時、「見よ! これを!」と、どこから取り出したか分からないチラシを、広人が眼前に示した。

 読んでみた。

 要約してみた。


「午後五時から後夜祭として、ダンスがあるらしい」

「そうだよ」

「その時に、佑香と二人きりにしてくれるのか?」

「そうだって言っているだろ」

「何で?」

「何で? って……は?」

「……何だよ?」

「お前……鈴原さんのことがす――」

「なぁーに言っているんだい? お二人さん」


 ぬぅっと、佑香が顔を出してくる。

 何故か広人が狼狽した。


「あ、あぁ、ちょっと男の相談だよ」

「ふぅん」

「そ、そっちは何してたんだよ?」

「んん? 女の相談だよ」

「女の相談?」

「何を相談していたの?」

「やだー聞きたいのぉ? えっちぃ」

「何で?」

「……素で返さないでよ。冗談だよ」


 佑香は、がっくりと肩を落とした。


「ちょっとあの二人に仕組まれてね……面倒なことになっちゃったんだよ。んで、その抗議」

「面倒なことって?」

「うん……あまり、言いたくない」


 深刻な顔でそう言う佑香。


「……じゃあ、聞かないよ」

「ありがとう……ってかさ」


 佑香は、ふふっと自嘲気味に笑った。


「どうせ、後々になってばれちゃうんだけどね」

「ばれる? 何で?」

「それは秘密」


 そう含み笑いをする佑香の表情は、とても可愛かった。


「そうそう」

「佑香はそうやって」

「「笑えばいいと思うよ」」


 真美、奈美が口を挟んできた。


「……ってあんた達が笑えない事態にしたんでしょうが!」

「そう?」

「私達は笑えるけど?」

「「あっはっは」」

「笑ってない! ってか怖い!」

「文字だけ見れば」

「十分に笑ってる」

「「あっはっは」」

「本当に怖いわ!」


 怒りながら二人を追い回す佑香。無表情で逃げ回る真美と奈美。そのコントラストが面白かった。

 と、広人がポツリと言葉を落とす。


「……真美と奈美、何か楽しそうな表情してるなぁ」

「え? どこが?」


 僕には無表情にしか見えないけど。

 広人は、優しく微笑みながら答えた。


「うん? 何となく、ね」

「「知ったような口を聞くな」」

「げふっ!」


 双子のコンビネーションが織り成す、Wドロップキックが炸裂した。二人共スカートではあったが、見えないのが定石だ。


「だから、見てないよ」

「ふぅん……そう」


 そんなじとーっとした目で見られても困る。

 どうしたらこの状況を打開できるだろうか?

 とりあえず、逆に困らせてみることにした。


「見てないよ。僕は君のスカートの中にしか興味はないからね」

「えっ?」


 佑香は即座にスカートを押さえ、顔をみるみる真っ赤にさせた。

 作戦は成功だ。

 ただ、大切な何かを失ってしまった気がする。

 ……今頃になって後悔してきた。


「訂正していい?」

「……どうやって?」

「えっと……『僕は君のスカートにしか』に……」

「マニア度が高くなった!」

「でも『スカートの中』よりは遥かにマシじゃないか?」

「遥かにレベルが高くなった!」

「何の?」

「変態の!」

「嫌だなぁ。どっちも大差はないじゃないか」

「自覚してるっ!」

「はっはっは。冗談だからね」

「じょ、冗談だとっ! ボクに謝れっ!」

「何で!」

「「「そうだ謝れ」」」

「何で関係ないお前達にも謝らなきゃならないんだ?」


 真美、奈美、広人が声を合わせて非難してくる。先から思っていたが、劇を通じてこちらも仲良くなっていたらしい。もっとも、広人の様子から未だに二人の区別はついてはいないようだ。


「……というかさ」


 急遽冷静になっただろう佑香が手を一つ叩く。


「とりあえず、こんな所でコントしていないで色々回ろうよ。時間ないんだからさ」

「あ、そうだね。こんなところで何をしているんだろう。僕達」

「無駄な時間を過ごしたね、真美」

「そうだね。奈美」

「ったく本当だよな。俺達、こんな馬鹿なことしている場合じゃないよな。行こう行こう」


 ひとしきり反省した後、僕は皆に訊ねる。


「んじゃ、最初どこにする?」

「やっぱお化け屋敷でしょ。三―Aの」

「えー……お化け屋敷やだなぁ、ボク。怖いの嫌だし……」

「意外と可愛いとこあるじゃねぇか。ひっひっひ」

「……それ、言うとしたら僕か広人の台詞だよ、真美」

「言うの?」

「言わないよ、奈美。ただ単に男が言うことだってこと」

「判った! おっさんの方が真美なんだな!」

「じゃあ、お前のパンツ見せて」

「うん。おっさんっぽい。お前が真美だな……って、あれ? さっき英時は『奈美』って言ってなかったか? あれ? どっちだ?」

「まだまだだね」


 と、そんなこんなを話している内に、僕達は三‐Aの教室の目の前に立っていた。


「とりあえず、ぺぺぺペアを決めようじゃないか!」


 広人が手を上げて叫ぶ。その際に噛んでいたのはご愛嬌だ。


「ん? 何でペアなの? みんなで一緒に入ればいいじゃない」

「ふっふっふ……甘いよ、鈴原さん」


 ちっちっちと指を振る広人。


「お化け屋敷の定番と言ったら『きゃー!怖い!ぎゅっ』『大丈夫さ、僕がついているさ。ぎゅっ』って、二人の間柄を縮めるイベントじゃないか!」

「え? そうなのか?」

「……何で英時、お前が聞くんだよ? 男の常識だろうが」

「常識がなくてすいません」

「というわけで、今からグーチーパーをします。皆さん! 左手を用意して」

「左利きはお前だけだ、H・T」

「そうでした……じゃ、いくよ。せーの! グーチーパーで合った人っ!」


 結果。

 佑香、グー。

 広人、チョキ。

 真美、チョキ。

 奈美、チョキ。

 僕は――グーだった。


 ……仕組んだんじゃないのか?


「お、ちょうど二つに分かれたな。けどペアじゃないからもう一回! って言いたいところだけど……これでいいよね、もう」

「うん」

「別にいいよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 慌てた様子の佑香。だが三人は容赦しない。


「待たない」

「何で待つ必要があるの?」

「んん……それは……」


 何故かおろおろしている佑香。

 そこで、ちょっとワルノリをしてみる。


「……僕と一緒にお化け屋敷行くの、嫌なの?」


 上目遣いでやってみた。

 すると、佑香は眉間に皺を寄せながら言う。


「嫌じゃないけど……何で睨みながらそんなことを言うの?」

「……」


 失敗だったらしい。意外と難しい。しくじった後の空気はとても重たい。

 なので、話を急速に進めることにした。


「嫌じゃないなら、行こう。さぁ行こう」

「ちょっ……」

「じゃあ、先に僕達が行くね」

「おう。行ってきな」

「「いってらっしゃーい」」

「行ってきます」

「ええっ?」


 可愛らしい声を上げる佑香の手を引っ張り、僕達はお化け屋敷の中へと突入した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る