第四章 ボクと友達と親友と劇

第16話 ボクと友達と親友と劇 -01

    一



「あのね……高見君に聞きたいことがあるんだけど」


 屋上に彼を呼び出し、ボクは、彼――高見広人君に訊ねた。


「……何?」


 その返ってきた低い声に、ボクは不自然に思った。

 彼はいつも元気がいい人で……こんなテンションの低い状態は見たことがなかった。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「ゴメン。さっき、君の机を引っ繰り返しちゃったんだけど……その時に、これ」


 ボクはその時に見つけた、あるものを彼に見せた。

 彼の眼が見開く。


「これは……俺の……」

「そう、これは君の時計」


 机を引っ繰り返した時に見つけたその時計に、ボクは見覚えがあった。


「……これが、どうしたの?」

「この時計ね……英時が、突き落とされた時に、犯人の腕に巻いてあったものと同じなんだよね」

「……」

「ボク、その場にいたんだ。だから、その時計に間違いないんだよ」


 そう。

 ボクは、この時計を何処で買ったのか聞くために、彼を呼び出したのだった。ありふれているようなものだったが、その場所を特定出来たら、何か犯人への手掛かりになるのかもしれない。そう思ったのだった。


 ――しかし。

 事態は予想もしない方向へと、向かっていった。


「……まさか、見ていたとは」

「……?」

「これはもう、駄目だな」


 彼の表情は、何故か絶望に満ちていた。

 次の瞬間、その理由をボクは知る。


「君の、想像している通りだよ」


 彼は自嘲気味に笑って、言った。



「そうだよ。



「……へ?」


 予想外。

 全くの予想外。


「へ? って……へ?」


 何故か高見君も予想外だという反応をしている。


「あれ? 時計で気が付いたんじゃないの? 俺が英時を突き落した犯人だ、って」

「いや、全く想像してなかったんだけど……っていうか、何でありふれた時計を見つけられただけで、自分から告白しちゃったの?」

「……っ」


 怒りなのか羞恥心なのか分からないが、高見君は顔が赤くなる。


「じゃあ、何を聞こうと……」

「その時計の、売っている場所」

「……」

「……」


 辺りを、何ともいえない空気が漂った。

 風の音が、いやに大きく聞こえた。

 あぁ、今日はやっぱり寒いなぁ。

 もう、コートの時期かなぁ。


「……あの、鈴原さん」


 この状況に耐えられなくなったのか、高見君が先に沈黙を破った。


「さっきのは聞かなかったことに……」

「いや、それは駄目でしょ」

「それは判っているけど……某探偵少年に出てくる犯人みたいに、じっくりと追い詰めてくれないか?」


 危ない趣味だ。いや、ツッコミをするところじゃなくて。


「……とにかく」

 自分にも高見君にも言い聞かせるように、大きな声を出した。そして、落ち着かせるようにふぅと溜息をついて、言った。


「高見君が、英時を落とした。それは間違いないんだね?」

「……あぁ。間違いは、ない」

「そう、なんだ……」


 犯人への手掛かりを見つけるというボクの目的は果たした。それどころか、その犯人を見つけてしまった。それは良かったのか、悪かったのかは、判らない。

 でも、まさか犯人が高見君だとは本当に思いもしなかった。ボクの眼に映る彼は、英時の一番の友人のように見えたから。

 しかし、ただ一つ判ることは、これがとても残酷な答えだということ。

 これからボクが聞くことは、その傷口を広げるだけかもしれない。

 だが、どうしてもこれだけは知りたかった。


「どうして英時を突き落としたの?」

「……どうして、か。どうしてなんだろうね、本当」


 高見君は自嘲気味に「ふふ」と笑んで、天を仰いだ。


「俺は、あいつが妬ましかったんだ」


 そこから、高見君は、長々と言葉を落とし始めた。

 ぽつり、ぽつりと。その言葉一つ一つに、自分の本音を乗せて。

 だけど、高見君は一通り吐き終わった後、顔をくしゃくしゃに歪ませた。

 強い後悔の心をボクに話し始めた。

 その時に聞こえてきた彼の言葉からは、とても悲しく、とても苦しく、そして、とてつもないほどの後悔をしていることが、ひしひしと伝わってきた。

 滔々と語られるその告白には、間違いなく、偽りの言葉が一つも交じっていなかった。

 彼はその身体を地に崩れさせる程に後悔している。

 ふと、思った。


 犯人は身近な人物。友達。

 だけど、犯人は後悔している。

 とてつもなく後悔している。


 高見君が犯人だという真実を、英時には知らせるべきではない。

 でも、犯人が後悔しているという真実は英時に知ってもらいたい。


 片方は知ってほしくない。

 片方は知ってほしい。


 そんな複雑な感情を抱いていた――その時だった。



「そういうことだったのか」



「……遠山君?」


 またもや、予想外。

 そして、最悪の事態だった。

 結論が出ないまま、英時が来てしまった。

 どうしよう。このままじゃ、暴力沙汰になって、大ごとになってしまう……あ、それはないか。前に英時は「復讐はしない」と言っていた。「むしろ感謝している」とまで言っていた。だからその点は大丈夫だ。

 ……そう思っていたのだが。


 ガシャン。


「え……?」


 ボクは眼を疑った。

 先の言葉通りであれば「恨んでいない」はずだった英時が、高見君を金網に押し付けていた。


「遠山君!?」


 ボクは、思わず叫んでいた。


「ちょっと待っててくれ、鈴原さん」

「でも……」


 復讐はしないって言ったのに。


「文句なら後で聞くから」

「……」


 そう言われた時に気がついた。

 英時は声を荒げていない。つまり、感情に身を任せてこんなことをしたのではないということだ。だから、これから英時がやることを邪魔してはいけない。きっと何かしらの意味があるのだろうから。

 そこまで理解したボクは、首を縦に動かした。


「……分かった」

「ありがとう」


 英時は微笑んで、そして高見君の方に顔を戻し、語りだした。

 英時は怒らず、声を荒げず、まるで凪のように静かに、語った。

 話の内容は――ちょっと、唖然とするものだった。


「責めているんじゃない。僕はお前に……感謝しているんだぞ?」


 ……やっぱり、本心だったのか。落とした相手に感謝している、と言ったことが。

 それは死にたいから、ということだったはずで――


「――結果的に鈴原さんとこうして会話出来るようになったことだ」

「……え?」

「お前が線路に突き落としてくれたおかげで、鈴原さんと親しくなれた……本当に結果オーライだけどな」


「……」


 ……ボクは、どんな反応をすれば良いのでしょうか?

 いや、きっと……告白ではないだろう。うん。高見君が自分を追い詰めないようにそう言ったんだろう。期待しちゃ駄目だ。こんな状況だろう。


「……っ……」


 だが、どうしても駄目だった。

 親しくなれた。

 登下校を一度しただけだが、彼はボクのことを親しい存在と認識してくれている。

 そう思ったら、にやける自分を抑えることが出来なかった。

 頬を抑えて顔を反らし、必死に隠す。

 駄目だ。

 思わず耳も塞いでその場から逃げ出そうとした所で、



「だけどお前はもう――



「え……」


 英時の言葉に、ボクは小さく言葉を漏らしていた。

 先程まで、あんなに友情のことを語っていたのに、何でいきなりそんなことを言うのだろうか? ……確かに、突き落とすというのは、とても悪いことで友情もへったくれもないだろう。だが、英時は「恨んでいない」し「怒っていない」と言っている。それに、高見君はものすごく反省している。甘いと思うが、彼を許してあげてもいいんじゃないか。いや、こういうことがあったからこそ、今度からいい友達になれるんじゃないのか。

 だから考え直すように――と余計なおせっかいをしようと思ったのだが。

 そこで英時の口から、ボクが想像だにしなかった言葉が流れた。



「そうだ。お前はもう、僕の友達なんかじゃない――、だ」



 友達じゃない。

 親友だ。

 屁理屈でしかない、しかも恥ずかしい言葉。

 それは真正面から、本気で本心から語っている。


「……」


 ……あれ? 

 何でだろう?

 こんな冗談みたいなセリフが、何でこんなに心に響くのだろう?

 きっとそれは彼が真剣に、そして本心から言っているからだろう。


 誰が、今の彼の言葉をからかうことが出来るだろうか。

 誰が、今の彼の言葉を冗談で使おうと思うだろうか。


「……」


 その言葉の欠片を受けたボクの頭の浮かんだのは、とある二人の顔。

 だからボクは無性に二人の顔が見たくなったのと、ここからの雰囲気の変化を感じ取ったので、屋上をそっと静かに離れた。

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