第10話 僕と学校と判明と親交 -02

    二



「……」


 ……今日ほど、夢の終わり方に腹を立てることはないだろう。

 ここで、僕の夢は終わった。

 彼女の顔は、全く思い出せないし、名前も思い出せない。

 ただ、この時の記憶は今の今までずっと忘れていたが、ほぼ思い出していた。


「……」


 全く、情けないものだ。

 あの時「死にたい」って言った人を止めて「生きたい」って言っていたのに、つい最近まで「死にたい」って思っていたんだもんな。この時のことを覚えていれば、あんな馬鹿なことは考えなかっただろうにな。

 でも、どうしてこんな夢を見たのだろう。

 ベタなパターンだったら……

 ……いや、それはないだろう。まず一人称が違う。

 きっと、死にそうになっていたからだろう。自分の手で。だから『僕』が『僕』に、昔のことを思い出させたんだろう。

 でも大丈夫。

 もう、死にたくはないから。



 時は少し過ぎて。

 そんな夢を見てちょっと早く起きた朝。

 僕は何故――こんな所ににいるんだろうか。

 どうして、コンビニでミルクパンとチョコパイを買って、鈴原さんの家の前に立っているんだろう。

 その理由は分かっている。

 どうしようもない。

 僕のせいで鈴原さんは怪我をしたのだから、僕が彼女の家に行って学校まで一緒に行くことは至極当然なのである。

 だから、恥じることはないのだ。

 勇気を出せ。遠山英時。

 お前は出来る子だ。

 その呼び鈴を押すくらいは何ともないことだろう。

 押せ。


「……」


 ――……やっぱ、恥ずかしい。無理だって。

 でも、やらなくては……

 そんなこんなで三〇分も門の前で考え込んでいた。すっかり不審者である。


「……朝食でも食べるか」


 結局、現実逃避の選択をした。


「……いいんだ。これを食べた後でちゃんと実行するから。とりあえずミルクパンから食べるか。おぉ、これはおいしそうだ。いただきます……お、おいしいな。じゃあ、こちらのチョコパンも早速――」

「……何やってるの?」


 いや、何やってるのって言われても、それは見て判るだろう。朝食を摂っている。そしてその後に君の家の呼び鈴を鳴らして君を呼ぶ……って、あ、鈴原さん出て来ちゃった。

 とりあえず、今の状況は説明しないとまずいかな。じゃなきゃただの変態である。


「むふぁふぇにふぃふぁんふぁよ」


 誤魔化すためにパンが詰まって喋れない振りをした。


「……日本語を喋って」

「ふぁふぁった」


 パフォーマンスのためにパンを呑みこもうとするが、焦り過ぎて喉に詰まってしまった。すぐさま僕は人間の本能的な行動により、どんどんと胸を叩いて何とか詰まりを取った。危なかった。

 鈴原さんの視線が痛く感じた。

 だから笑って誤魔化し、用件を伝えた。


「迎えに来たんだよ」

「はい?」

「足、怪我したまままだろ? だから迎えに来た」

「もう歩けるから大丈夫だよ」


 鈴原さんは平気だと手を振っている。やはりしなくても良かったのか? ……いや、ここまで来たらやるしかない。彼女はきっと無理しているんだ。うん。そうに違いない。

 それならば僕がやることは一つしかない。


「さぁ、乗って」

「乗って? ……!?」


 おんぶだ。

 おんぶは人類最大の発明である。物理的法則にのっとってこんなにも負担を減らし、かつコンパクトであるものはない。

 僕は彼女を背にしてしゃがみ込んだ。


「昨日、考えたんだ。この方法が一番足を痛めず、かつボクの負担も軽減できる方法だと。さあ、どうぞ」

「……あのさ、遠山君」

「なに?」

「ボク達、高校生だよね?」

「ああ。それは間違いないよ」

「だったら分かるよね? 常識的に」

「おんぶが駄目ってことだよね」

「分かった上で提案してきていたの!?」


 効率を考えれば多少の恥は捨てるべきだ。

 常識なんて捨ててしまえ。


「あらあら、何か騒がしいと思ったら」


 と、そこで彼女の家からそんな声が聞こえた。

 彼女とよく似た、だけど少しだけ年を重ねた感じの女性。

 直感で理解した。

 彼女は鈴原さんの母親だろう。


 ……まずい。


 昨日は家族に見られると勘繰られるから、という理由を述べたのに、こうして母親にその姿を見られてしまった。

 そもそも、迎えに来ようとしたこともおかしい。

 何で僕はそんなことを思ったんだ?

 自身の考えと色々と矛盾した状況に、その場で固まってしまった。


「あ、いや、では僕は……」


 口から出て来そうになったのは、言い訳。

 ――だがそれでいいのか?


「……いやいや、そうじゃ駄目だよな」


 きちんと話そう。

 そして謝ろう。

 僕は意を決して、鈴原さんの母親であろう女性に真正面から向かい合う。


「初めまして。鈴原さんのクラスメイトの遠山英時と申します」

「あらあら。ご丁寧にどうも。クラスメイトの方がどうしてウチに?」

「それは……申し訳ありません」


 謝った。


「昨日、僕の所為で鈴原さんを傷つけてしまいました。だから彼女をこれから支えて行こうとお邪魔させていただきました」

「いやいやいや! 遠山君、何を言っているの!?」

「え? 何をって、事実を述べただけだけど?」


 彼女の足を傷つけ、歩けるように支えて行こうと思ったから、ここまで来た。

 何一つ間違ってなどいない。

 なのに、どうして鈴原さんは顔が赤いのだ?


「あらあらまあまあ。あの子もそんな年齢に……」

「お母さんも勘違いしない!」


 やはり母親だったのか。

 その母親がこちらに詰問してくる。


「遠山英時君、と言ったかしら? 何で佑香を名前で呼んでいないのかしら?」

「え? それはその、普通のことでは……?」

「私だって鈴原さんなのよ」

「あ、そうですね。ごめんなさい」


 気が付かなかった。

 鈴原さん、と言えば二人を指してしまう。


「反省しているならば佑香のことはきちんと佑香とお呼びなさい。君のことは英時と呼ばせるから」

「は、はい。分かりました」

「何を言っているの!?」

「え? 何かおかしいかい、佑香?」

「順応速すぎないですか?」

「さあ、佑香も呼ぶのよ。英時、って」

「ああ、もう、お母さんうるさい。――行くわよ、遠山君」

「え? 英時って呼ばないの?」

「え? ……呼んでほしいの?」

「どっちでもいいよ。呼びやすい方で」

「じゃあ後で決めるわ。とにかくもう学校行こう。遅刻しちゃうよ」

「え? 歩けるの?」

「だからさっき言ったじゃない」


 正直聞き逃していました。

 そこに少し恥じながら驚きで視線を下に向けていた所、


「もう……じゃあ行くよ」


 僕は彼女に手を取られ、一緒にその場から離脱した。

 柔らかい手の感触にドキリとした。

 女の子って、どうしてそんなにいい香りがするのだろうか?

 ……いけない。思考を別に変えよう。

 そんな葛藤と戦いなが学校までの登校路。

 僕は鈴原さんと並んで歩いていた。

 正直、ずっと彼女に対して変な思考を抱かないように頑張っていたから、その間に何を話していたか、覚えていない。

 覚えていたのは、この会話からくらいだ。


「ねえ、佑香?」

「なに? というか女の子を下の名前で呼ぶのは心の中だけにしてね」


 成程。鈴原さん、というと彼女の母親と区別がつかないから、心の中ではこれから佑香と呼ぼう。ただ、口にするのは控えよう。


「ああ、うん。鈴原さん」

「それでよし。で、何?」

「本当に足は大丈夫?」

「ああ、うん。本当に大丈夫だよ。ありがとう」


 ……その笑顔が眩しくて僕は「そう、良かった」と返すので精一杯だった。

 何故だろう?

 昨日から今までに感じたことのない感覚が襲ってくる。

 一度、線路に落ちてどこかおかしくしたのか?

 ――と、自身の不調、というか不思議な感覚について思考を深くする前に、クウラスメイトの桜姉妹と遭遇し、遅刻寸前だということに気が付いて急いで登校した。

 ……その際に何か凄い光景を見た気がするが、気のせいだということにしよう。

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