第6話 地に縛られしもの (3)

 本郷は、バラエティ番組専門のテレビ放送局、VTVのしきしま特派員である。

特派員といっても、VTVから派遣された人員は彼一人だけであり、報道専門のテレビ局、総合系テレビ局など数社のテレビ局の事務所が寄り集まったオフィスの一角で、自分の机一つ分のスペースだけを借りて仕事をしている。

 特派員が一人だけなので収録の時は自分自身でカメラを回すし、もしレポートも必要であれば、他局のカメラマンに報酬を払ってカメラを回してもらい、自分がレポートする。


 ただ、VTVはニュースなどの報道部門を一切持たず、二十四時間ずっとバラエティ番組だけを放映するというエンターテイメントに特化したテレビ局なので、特派員である本郷に、事件現場に急行して状況をレポートするといった報道の仕事は基本的にひとつも無い。

 本郷に与えられた仕事は、輸送船「しきしま」の艦内で起こった面白おかしい出来事や、地球とはちょっと違う珍しい宇宙船内ならではのローカルな話題を探して撮影し、地球の本社に送ることだった。それを地球の本社が編集して、情報バラエティ番組やクイズ番組の中で使うのである。


 二十二世紀初頭に起こった、世にいう「マスコミ革命」の五年間を経て、テレビはいまや個人発信と法人発信の二極化が常識となっている。

 面白いアイデアさえあれば個人でも簡単な機材ですぐに映像作品を作ることができるようになり、ボタン一つで編成局に投稿して、採用されればそのまま世界中に配信され気楽に収入を得ることができるという状況の中、テレビ局は押し寄せる強力な個人発信番組の波に脅かされ、特にバラエティ番組や娯楽番組はある時期完全に駆逐された。


 このテレビ斜陽の時期に登場したのが、報道と決別して身軽になり、マスコミとしての責任や公共放送のモラルといった「無駄な」重荷から開放されて娯楽を追及する、VTVのようなバラエティ専門のテレビ局だった。


 アイデアの奇抜さと機動力、瞬発力では、世界中に無数に存在する個人製作のテレビ番組には到底かなわない。

 そこでVTVなどの娯楽専門チャンネルでは、芸能プロダクションとの強固なコネクションを駆使して大物芸能人を惜しみなく登場させたり、莫大な予算をつぎ込んで大掛かりなセットや仕掛けを作り、それを使って限りなくバカバカしく無意味な事をやったりといった、個人では到底作成できない、巨大な資金力と組織力をバックにした派手な番組に特化する事で、一定の需要を確保して生き残ったのである。


 そんなVTVというテレビ局において、輸送船「しきしま」特派員というポストは明らかに、質の悪い社員が厄介払いで送り込まれる類のものだった。

 変化の激しいテレビ業界において、四年もの間番組制作の現場を離れ、たった一人で他局と同居しながら細々と仕事をするのである。いかに宇宙間情報通信技術が発達したとはいえ、地球帰還後は浦島太郎のような状態で周囲から取り残されるのが目に見えていた。


「やっぱ全然ダメでしたよ榎原さん。そりゃ無理あるでしょ普通の寺や神社にお願いするなんて。ましてステラ・バルカーの寺や神社なんて、みんな特にカタいんだから。

 狭い船の中はすぐ噂が広まるし、バカな事やって信用失ったら一発で干されちゃうんで本当にノリ悪いんすよ。そこんところ分かってくださいよ。

 だって、こっちは人口一万人ちょっとしかいないし、住人はみんな何か職を持ってるから、霊能力者とか祈祷師とか、そういうテレビ向きなカタギでない人が全然見つからないんですってば」


 本郷は、地球にいる番組ディレクターに向けた映像レターを撮影していた。この男はどんなに言いづらい事を話す時でも、どんなに立場が上の人間に対しても、常に口調は半笑いで言葉遣いは馴れ馴れしい。どうやら、こういう接し方のほうが相手に親近感を持ってもらえて、相手との距離を縮めやすくなるのだと勘違いしていて、これが自分のスタイルであると信じて疑わず、わざわざ意識的にそう振る舞っているらしかった。

 本郷は、文章で説明するよりも自分の動く表情を見せつつ実際に口で説明した方が状況を理解してもらえると考え、敢えて文章ではなくこのような動画での報告を選んだ。しかし、このような失礼な口調と人を小馬鹿にしたような表情では、全くもって逆効果にしかなっていないという事には全く気付いていない。


 本郷が送信した映像レターに対して、番組ディレクターの榎原からの返信は映像もなく、そっけない短い文章ひとつだった。


「もともとこの企画『ステラ・バルカーに巣くう宇宙の悪霊・緊急除霊スペシャル』は貴殿が自ら持ち込んだものです。そして除霊を行う霊能者を『しきしま』の艦内で確保する事は企画成立の最低条件です。

 霊能者を確保できなければこの企画は不成立とせざるを得ず、その場合は至急、何らかの別の企画案を提出すること」


 本郷の普段の人望の無さからいって、通常であればこれでこの企画はボツにされて終わりだった。

 ところがこの時は偶然、本郷が提案した除霊企画以外の他のアイデアがどれも不調で、消去法で本郷のアイデアを採用するしか他に手が無いという状況になってしまっていた。番組制作の〆切りまでもう時間がない。


 地球で行われている企画会議の席上、榎原ディレクターは先ほどから不機嫌そうに腕を組んで、ずっと目を閉じたままだ。

 名案が出ずに重苦しく膠着してしまった状況を打破すべく、会議参加者の一人がこんな提案をした。


「遠隔除霊って、できないもんですかね」

「はぁ?」

「いや、地球に居ながら霊能者が幽体離脱で『しきしま』まで飛んで行って、それで悪霊を除霊するんですよ。

 二階堂ヘンリー翠雲先生だったら、あの人仕事断らないし、その程度のオファーなら答えてくれるんじゃないでしょうか」


 二階堂ヘンリー翠雲というのは、最近話題になっている怪しげな自称霊能力者だ。

 年齢は二十代後半で、頭をきれいに全部剃って袈裟を着た、お坊さんのような格好をトレードマークとしている。彼はアメリカ人と日本人のハーフであり、色白で青い目に高い鼻という、典型的な西洋人風の顔立ちで、よく見るとそこそこの美男子ではある。

 西洋人顔の美男子が坊主の格好をしているという違和感に絶妙なユーモラスさがあって、実にテレビ向きなタレントだった。


 その見た目のギャップが強烈なインパクトになっているのに加えて、彼は普段は片言の日本語しか話せないのだが、除霊の最中だけはなぜか流暢な日本語になる。その落差がわざとらしくて逆に面白いと話題になって、半年ほど前から人気に火が付き、最近は毎日のようにテレビで引っ張りだこになっている。


「そうか。今の二階堂ヘンリー翠雲なら、番組に出すだけで確実に数字取れるし、普通の除霊じゃそろそろ視聴者も飽きてきてる頃だからな。次は『ヘンリーの今度の相手は宇宙霊!驚異の超空間遠隔除霊』と大々的に打ち出す企画はありかもしれないな」


 かくして、輸送船「しきしま」と地球を中継でつないだ、前代未聞の遠隔除霊を行うことが決まったのである。

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