第四十話 『孤独』伊瀬成海
私のせいだけど、私のせいじゃない。
昌樹と仲良くしていた陽子を疎ましく思っていたのは確かだ。だからネットで買ったオカルトグッズを使って、鬱憤を晴らそうとした。
でも、池のほとりであの日本人形を手にした時、自分が自分でなくなる感覚がした。あれは、私じゃなかった。
まさか、こんな事になってしまうなんて。
昌樹が死んでしまったのは、私のせい? もしかして陽子も……。
「魁くん! どこ!?」
大きな声で叫んでも、返事は返って来ない。
追いかけてくる幽霊から必死で逃げている間に、魁も茜さんもいなくなってしまっていた。
「陽子!」
陽子に謝りたい。
お願い。どうか陽子に会わせて下さい。そう神に祈った。
私はもともと、神様や幽霊、オカルトといった超常的な存在を信じている。日本人形を使って陽子を驚かせてやろうと思ったのもそのせいだ。
だからここで今、精一杯謝って祈ればきっと願いは届くと信じている。
「お願いします。神様」
木々の間に佇む女性の背中を見た時、祈りが通じたと思った。
「陽子!?」
思わずそう叫んでしまったが、服装が陽子の物ではない事に気付く。茜さんでもない。
背中を向けたまま座り込んでいる黄色のカーディガンを着た女の子は、私の声に反応せず、動かない。
「……誰?」
もう一度呼びかけると、女の子はゆっくりと振り向いた。
「助けてください」
涙を流しながらそう訴える女の子の表情を見つめる。
今まで取り乱していた私は、どうにか冷静な気持ちを手繰り寄せながら女の子に歩み寄った。
「ど、どうしたの?」
この女の子も、この夕焼けの世界に迷い込んでしまったのだろうか。それも、私が日本人形を使ってしまったせいなのだろうか。
だとすれば、私はこの子を絶対に助けないといけない。その責任がある。
「大丈夫?」
高校生くらいだろうか。
私が手を差し伸べると、涙を拭った後に私の手を掴んだ。
そのまますぐに立ち上がると思ったが、掴んだ私の手を見つめながらじっとしている。
「怪我、してるの? 立てる?」
「いえ、大丈夫です」
女の子が返事をしながら立ち上がると、左手に掴まれている物が目に入った。
狐の面だ。
不気味に感じるのは、血のように真っ赤に塗られた目のせいだろう。
どうしてそんな物を手にしているのか不思議だったが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「私、友達と逸れちゃったんです。探したんですけど、見つからなくて」
俯きながら女の子が話す。
この子も、あの幽霊に襲われたのだろうか。
「そうなんだ…… 私もなんだ」
静寂が包み込み、同時に焦燥感が沸き起こる。
ここでじっとしていても、またいつ幽霊が襲って来るか解らない。
幽霊に襲われるのが、陽子や昌樹を酷い目に合わせた私への罰だと言うのなら受け入れる。
でも、この子はただ巻き込まれてしまっただけだ。私が助けないといけない。
「ねぇ、ここは危険かもしれないから、他のとこへ行こう?」
「どこに行くんですか?」
安全な場所なんて解らない。でも、フワラーエリアから逃げる時、
もしかしたら、魁たちもそこへ向かっているかもしれない。
「管理小屋に私の知り合いがいるかもしれないから、そこに一緒に行こう。きっと安全だよ」
「わかりました」
歩き出そうとした私の腕を、女の子が掴んだ。
「どうしたの?」
「その前に、ひとつだけお願いがあるんです」
「なに?」
女の子は私の腕を掴んでいた手を離し、ポケットから携帯電話を取り出した。
今時、これくらいの年の子が持っているにしては違和感のある、古いガラパゴス携帯だ。
女の子は携帯のディスプレイを見つめ、ボタンを操作している。
「電話? 繋がるかな? さっきまでは何処にも繋がらなかったみたいだけど」
「これ、読んでくれませんか?」
差し出された携帯のディスプレイに映し出されたメール欄には、意味不明なカタカナの羅列が記されていた。
「読む?」
「魔法の言葉なんです。誰かに読んでもらうと、元気になるんです。私、オカルトとかそういうの信じてて。今、すごく怖くて。だから読んで欲しくて」
こんな偶然もあるものかと、少し驚いた。
私みたいなオカルト好きな女子に会った事は今までなかった。
まるで高校生の頃の自分を見ているようで、僅かに生まれた親近感に心地よさを覚える。
さっきまでの孤独に押し潰されそうだった気持ちがほんのり温かくなり、私は笑顔で答えた。
「いいよ。きっと効果あるよ。じゃあ読むね」
「お願いします」
再び携帯のディスプレイに目を向ける。
「ミノガミサゲスヨヘタヘオサマ。どう? 元気出た?」
魔法の言葉を読み上げると、不安そうだった女の子の表情が少し明るくなる。
「ふふ」
嬉しそうに笑う女の子を見て、私も思わず笑顔になった。
この子は絶対、私が助け……。
「ふは! あは! ひゃはは!」
狂ったように笑い始めた女の子を見て、全身が硬直した。
「えっ…… どうしたの? だいじょ……」
声が出なくなった。
突然、喉が詰まったように呼吸が出来なくなる。
「うぐっ……」
膝をついた後、地面に倒れ込む。
一体、何が起こったのか考える時間もなかった。
枯葉の山に沈んだ私の視界に映っていたのは、女の子の姿ではない。
私を見下ろしているスーツ姿の男の片目からは血が流れ、赤く染まったその目は左手に掴まれた狐の面に瓜二つだった。
陽子、本当にごめんね。
薄れていく意識が完全に消失するまで、心の中でそう唱え続けた。
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