第四十一話 『一矢』富士坂茜

 私は人として未熟だ。仕事でもドジってばかりで頼りない。


 だから由良さんも先生と同じように、私に行き先を告げずに一人でここへ来ようとしていた。


 由良さんは私に『二人を守って』と言った。それなのに、私は成海を見失ってしまった。


 いなくなった成海を探す為に道を引き返そうとしたが、側にはかいがいた。彼まで一人にして危険に晒す訳にはいかなかった。


 私は、自分の出来る事に集中するしかない。


 成海を見つけたら、管理小屋の中で除呪じょじゅを行う。


 除呪には時間が必要だ。小屋の中が安全とは限らないけど、外で始めるよりはマシなはずだ。


 由良さんは、この楽園の中で私が除呪を決行する事に賛成していない。


 私の身を心配してくれているのは解っている。だけどそれが唯一、私に出来る事だ。


 今のままの私じゃ、展望台で命を削って頑張っている先生の力になんてなれない。


 不器用ながらも、今まで先生の下で働いてきた。キャリアで言えば、由良さんより先輩なのだ。


 私がやらなければ。


「一体、何から逃げていたんですか? 昌樹はどうしてあんな事に」


 一緒にいた友人たちが次々に姿を消し、状況の説明を求める魁。


 なんとか亡者から逃げ切った私たちは、公園の最西端にある遊歩道まで来ていた。ここから更に西の崖下からは砂漠が広がっている。


「この道を北に進めば、由良さんの言っていた管理小屋に着くはず。成海さんもそこに向かっているかも」


あかねさんは今、一体何が起きているのか知っているんですか? 知っているなら、教えてください」


 納得してもらえるような的確な説明が思い浮かばない。上手く話せたところで不安を煽ってしまう事には変わりない。それでも、自分たちに襲い掛かる者が一体何なのかは話しておく必要がある。


「この場所は死者の怨念が渦巻いてる。『亡者』っていう悪霊が私たちを狙っているの」


「亡者?」


「亡者は普通の人には目視出来ない。私にも見えないんだ。由良さんみたいな特別な力を持った人には見えるけど」


「成海には見えているようでした」


 魁にそう指摘され、先生から教えてもらった『呪物の三原則』を思い出す。


「成海さんは『呪物』を使用した。この日本人形だよ。呪物を使った人は、亡者の姿が見えるようになるの」


 魁が私の持っている人形の入った成海のリュックを見る。


 それから足を止めて俯き、黙り込んでしまった。


 夕焼けに染まる砂漠を眺めて途方に暮れる。


 こうしている間にも亡者が迫って来ているかもしれない。由良さんがいないのでは、亡者が近くにいるのかどうかも解らない。


 いっその事、あの砂漠まで逃げた方が安全かもしれない。しかし、この楽園が現世と引き離された時、この公園の中にいなければ砂漠に取り残されてしまう怖れがある。


 成海と由良さんが管理小屋に向かっている事を信じて、私たちも進むしかない。


「嫌な予感はしてたんです」


 顔を上げる事なく魁がそう言った。


「嫌な予感?」


「みんなでここへ来ようって昌樹に誘われた時、深夜の山奥に行ったってろくな事にならないんじゃないかって。そう思ったのに、結局何も言えなかった」


「そうなんだ……」


「僕がみんなを止めていれば、こんな事には……」


 自分の選択を悔やみ、落ち込む気持ちはよく解る。友達を失った悲しみは計り知れないほど深いだろう。


「いつもそうでした。頭の中では偉そうな持論を展開するのに、結局周りの流れに乗ってしまう。そして後悔するんです。その後悔を次に生かす事も出来ない」


「私も一緒だよ。いつもヘマばっかりしてるんだけど、全然成長出来なくて。そのうち失敗する事が怖くなって何も出来なくなった時もあった。でも、今は信じてるんだ。諦めなければ、きっといつか変われるって」


 魁だけではなく、自信を失いつつある自分に向けた言葉でもあった。


 己を奮い立たせる。


「成海さんもきっと管理小屋に向かってるはず。だから私たちも行こう。大丈夫。あなたは私が絶対守るから。私じゃ頼りないかもしれないけど……」


「いえ、そんな事は……」


「魁くん!」


 魁が返事をしたと同時に、後ろから声が聞こえた。


 振り返った私達に駆け寄る成海が見え、胸を撫で下ろす。


「成海! 無事で良かった」


「はぐれちゃってごめん」


 見たところ怪我している様子もない。安堵した私だったが、魁が違和感に気付く。


「その目どうした? 怪我したのか?」


 魁の言葉を聞いて、成海の顔を覗きこむ。左目だけが少し充血しているように見えた。


「逃げてる時に転んじゃって。土が少し入ったみたい」


「大丈夫? 痛くないの?」


 私が様子を伺うと、成海は笑顔で返答した。


「はい。全然大丈夫です」


 強い子だと思った。


 恋人の命を奪った得体の知れない存在に追いかけられたというのに、動揺している様子は見られない。フラワーエリアでは悲しみに暮れ泣いていたが、身の危険を感じてすぐに気持ちを切り替えたのだろうか。


 なんにせよ、この子が無事でいてくれた事は絶望に押し潰されていた私たちにとって大きな朗報だ。


「由良さんがきっと管理小屋で待ってますよ。さぁ、早く行きましょう」


 成海の明るい声で、私の中に希望の光が灯っていく。私が守らなきゃいけないのに、この子に元気付けられている。自分を諌めた私は、声を張って返事をした。


「そうだね! もう絶対見失ったりしないから」


「成海? 何かあったのか?」


 突然、魁が質問して一瞬沈黙が訪れる。


「なにが?」


「いや…… なんかいつもと感じが違うから。何かあったのかなと思って。気のせいならいいんだけど」


「平気だよ。大丈夫」


 実のところは平気なはずはないだろう。落ち込んでいる場合じゃないと思い、無理に明るく振る舞っているのかもしれない。


「あっ」


 歩き出そうとすると、成海が声を上げた。


「どうしたの?」


「茜さん。それ、持たせてごめんなさい」


 成海はそう言ってリュックを指差す。

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