第十六話 『ガラパゴス携帯』③ 津口岳則

 携帯を掴み、ディスプレイを確認する。


『K-taro:うおー! 鳴った!』


『Ryou2:その音ナツいな』


「……メールです。メールが届きました」


 さっきまで全く反応のなかったボタンを押すと、届いたメールが開かれた。送信者の欄も件名も空白になっている。


 本文にはこう書かれていた。


『マナセノビノミスリトカラトヘヨ』


 メッセージが表示された携帯をカメラに向ける。


 また暗号だろうか。さっきの様にゆっくり音読すれば何か解ると思った時、Rrou2からのコメントが目に入って喉がぎゅっと締まった。


『Ryou2:それが呪語だな』


「これが? つまり、これを言うとどうなるんですか?」


 もう一度ディスプレイを見ると、時刻表示の画面に戻っていた。それを見て違和感を覚える。


『23:24』と表示されている。


 さっき見た時は『23:59』だった。あれから35分経っているのだから今は『0:34』と表示されていないとおかしい。


 その瞬間、目を疑う光景を見たと同時に、恐るべき事実に気付く。


 ディスプレイに表示された時刻が『23:23』に変わった瞬間を見たのだ。


「か…… カウントダウンだ。時刻表示がカウントダウンになってる!」


 驚愕する僕を嘲笑うかのように健太郎からのコメントが届く。


『K-taro:安心しろ おれがその呪いの言葉を声に出して読んだよ 何も起こらないけど』


『tomo4646:ぼくは怖くて読めません…』


「Ryou2さん、どうしたらいいか教えてください。このカウントダウンがゼロになったら僕、死ぬんですかね?」


 心の底から救いを求める言葉だった。これが手の込んだいたずらなのだとしたら、僕はまんまとハメられているのだろう。だが、あまりの気味の悪さに吐き気がしてくる。


 カウントダウンが終わったら、自分に一体何が起こるのか。まさか、呪いの力で死ぬなんて事は、そんな事はありえないはずだ。


『Ryou2:う~ん とりあえず 前の配信スタイルに戻そう これあんまり面白くないよ』


「嘘じゃないんです! 信じろよ! 全部本当なんです! 助けてください!」


 立ち上がって声を荒げた時、携帯のディスプレイを赤く光らせていた照明が消えた。


「は…… 電源…… 消えた」


 ガラパゴス携帯の電源がオフになり、拾った時の状態に戻った。


『tomo4646:電源消えたんですか? 視聴者さんが呪いの言葉を言ってくれたからかな?』


『Ryou2:俺も今声に出して読んだけど何もおこらんぞ ちょっとテンパってるみたいだから落ち着け』


 安堵の溜息をついて力無く椅子に腰掛けた。


 携帯の電源が突然消えたのは、健太郎がメールに表示されていた呪いの言葉を口に出してくれたおかげなのだろうか。そうなのだとしたら、いたずらのレベルを超えている。このガラパゴス携帯が、本当に呪われているとしか考えられない。


「助かった…… 健太郎ありがとう。Ryou2さんもありがとう」


『tomo4646:何も出来なくてごめんなさい…』


『Ryou2:かなり古い携帯みたいだから改造された内蔵バッテリーも尽きたんだろ まあいたずらだろうから怖いんなら早くそれ捨てて来い』


「そうですね…… 一応、元あった場所に返そうと思います」


 この携帯が呪われたアイテムであるとすっかり信じている自分がいる。Ryou2の言う通り、これがいたずらなのだとしたらかなりのエンターテイナーの仕業だ。もしかして、配信ジャンルが被っている事を鬱陶しく思ったあのドール配信者の嫌がらせかもしれない。


 どちらにせよ、散々肝を冷やした割に相変わらず視聴者数は三人のままだ。無駄に労力を使った上に命の危機まで体験した事で、とてつもない疲労感が体を覆った。


『Ryou2:んで 今日は写真紹介はないの?』


 コメント欄に視線を戻した時、ある事に気が付いた。


 しばらくの間、健太郎がコメントしていない。


 コメント欄をスクロールし、健太郎の最後のコメントを確認する。


 体を覆っていた疲労感が、突き刺す様な悪寒に変わった。


 健太郎のコメントが、呪いの言葉を言ったという内容のものを最後に途絶えている。


「おい。健太郎。なんかコメントしろ」


 呼びかけるが返答はない。


『tomo4646:ケンタロウってK-taroさんの事ですか?』


『Ryou2:寝落ちしたんじゃね?』


 他の二人からのコメントが届く。視聴者数は『3』と表示されている。


 だが、健太郎からの返事がない。


「おい。健太郎? 寝たのか?」


 全くありえない想像が頭の中に浮かぶ。不安を振り払う様に自分の携帯電話を取り出し、健太郎に電話をかける。


 コール音が鳴り続け、留守番電話のアナウンスが再生される。


「出ない…… 健太郎が電話に出ない」


『Ryou2:だから寝たんだろ』


 僕の配信を見ている健太郎が途中で寝る事なんて今までなかった。それも、今日、このタイミングで寝るなど、どう考えてもおかしい。


 自分を押し潰さんばかりの不安が体を突き動かした。


「すいません、配信を終了します」


『tomo4646:え? もう終わりですか?』


『Ryou2:乙。次はいつも通りで頼む』


 配信終了のボタンをクリックした後、ガラパゴス携帯をポケットに入れて家を出た。


 スクーターに乗って深夜の住宅街を走り抜ける。


 健太郎の家はすぐ近くだ。


 まさか、呪いの言葉を口にした健太郎の身に何かが起こったのでは。そう思った直後、そんな事はありえないと考え直す様に努めたが、思いもしない光景が目に飛び込んできたせいで徒労に終わった。


 救急車だ。


 音がなく、赤い光を発するランプが見えた。


 ブレーキレバーを握り、スクーターを停車させる。スクーターを押しながら救急車に近付いていく。


 救急車は、健太郎の自宅前で停車していた。


 玄関で泣き崩れている健太郎の母が見える。その横には健太郎の父が立っていた。


 やがて、家の中から救急隊員に運ばれる担架が出てきた。


「うそだろ……」


 担架に横になる健太郎を見た時、恐怖のあまり身体が硬直するのが解った。


「おれが…… やったのか」


 呪いの言葉を口にしたとコメントした健太郎に、その後、何かが起こったのだ。時報音声の指示を達成した事で携帯の電源が切れたのか。同じく呪いの言葉を口にしたRyou2の身にも何かが起きているのだろうか。


 ポケットから着信音が鳴り出し、電流が走ったかの様に体が震える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る