第十五話 『ガラパゴス携帯』② 津口岳則

『おまえを呪い殺してやる!』なんて声が聞こえてくるのではないかと想像していたが、聞こえてきた音は全く予測の範疇外のものだった。


 時報だ。


 電子音と機械音声で構成された、何の変哲もないただの時報が流れている。


 壊れているんだ。そう思い、胸を撫で下ろした時だった。


 正確に現在時刻を告げていた機械音声が突然止まり、長い電子音が鳴り始めた。


 そして電子音が鳴り止んだ直後に聞こえてきた音声が、体中に悪寒を走らせた。


 機械音声の発する音がでたらめに途切れ途切れに聞こえ、長い電子音の後、再びでたらめな機械音声が聞こえるというループが始まったのだ。


 やはりこの電話は壊れているんじゃないのか。それとも、この携帯電話は本当に呪われていて、この音声は自分に何かを伝えようとしているのだろうか。


 机に手を伸ばし、ノートとペンを取り出した。


 機械音声が繰り返す意味不明な言葉と数字の羅列に注意深く耳を傾け、発せられる音をひとつずつノートにメモしていく。


 長い電子音が鳴るまでに発せられていた音声を全てメモした時、通話が終了した。


 耳から携帯を離し、ディスプレイを確認する。電源は入ったままだ。『23:59』と表示されている。現在時刻は午前の『0:10』なので、時刻表示も狂っている。


 どのボタンを押しても全く反応しない。


 間違った時刻を表示しながらディスプレイを赤く光らせるガラパゴス携帯を机に置き、ノートに記したメモに視線を向けた。


『2 10 4 じ 3 い な い 2 10 5 お い は せ ろ 5 は す ど 4 う』


 これが何かの暗号になっているのだろうか。


 それとも、やはりただスピーカーが壊れているだけの携帯電話が発した、でたらめな音だったのか。


 激しく脈打っていた心臓が正常に戻りかけてきた頃、突然パソコンから効果音が鳴った。


 配信中に視聴者からコメントが届いた時に鳴る効果音だった。


 モニターを確認する。


『K-taro:おせーよ岳則』


『K-taro』とは健太郎のユーザー名だ。健太郎からのコメントが届き、いつの間にかライブ配信が開始されていた事に驚く。


「あれ、もう始まってたのか」


『K-taro:それが拾ってきたって言ってたやつか?』


 モニターに映るライブ配信映像には、ウェブカメラが捉えるガラパゴス携帯が映り込んでいる。


 健太郎のコメントの後、更に二名、配信ページに入室した。


『tomo4646:こんばんは』


『Ryou2:今日もつまらない写真紹介ですか?』


 コメントに返事が出来ない自分が酷く動揺している事に気付き、状況を整理する。


 山奥にある池のほとりで拾ってきた古いガラパゴス携帯をライブ配信し、『これは自殺者の残した呪われたアイテムだ』などと適当な設定を加えて、視聴者と雑談する予定だった。


 だが、たった今起こった事が予定を狂わせた。


 もしかして、これは全て健太郎の仕組んだドッキリなのではないかとさえ思った。しかし、わざわざ山奥までこんな古い携帯電話を仕込みに行くとは考え難い。


『Ryou2:あれ? 音出てない?』


『tomo4646:心霊スポットの写真が見られると聞いてきました』


『Ryou2』は僕の配信をいつも見に来てくれる常連の視聴者である。もう一人の『tomo4646』は見たことない初めてのユーザーだ。


 とにかく、せっかく配信を見に来た視聴者がいなくなってしまう前に、何か話さなければ。


 椅子に座り、ウェブカメラを見る。


「みなさんこんばんは。今日はちょっと、例の山に行って来ました」


 一体、どこまで話すのがベストなのか。


 山奥で拾ってきたバッテリーの入っていない古い携帯電話に着信が入り、時報の音声が暗号めいたメッセージを伝えてきただなんて、あまりに嘘臭過ぎる。


 だが、嘘のような本当の話だ。


 何も隠す事はない。視聴者を増やす絶好のチャンスだ。


「今日、そこで拾って来たのがこれです」


 ガラパゴス携帯を開き、ディスプレイをカメラに向ける。


「見ての通り、バッテリーが入ってないのに電源がついています。拾った時は電源は入ってませんでした。家に帰ったら、突然、この携帯に着信が入ったんです」


『K-taro:マジかよ! こえ~』


『tomo4646:バッテリーないのになんで電源入ってるんですか?』


「そこなんです。マジで怖いです。ありえないですよね。これはもう、この携帯は呪われているとしか考えられないです。驚いたのが、さっきの着信の……」


『Ryou2:ドール配信のシナリオパクっちゃったか ここには仕込みのない心霊ネタを求めて見に来てたけど見損なったわ』


「仕込みじゃないです。本当にマジなんです。その証拠に、実際この携帯電話はバッテリーが入ってないのに電源がついてます。そしてさっき着信が入って、最初は時報が流れていたんですが、その時報の音がだんだん変になってきて、暗号の様なメッセージになりました。それをメモしたのがこれです」


 暗号をメモしたノートをカメラに向ける。


 ここまで何一つ嘘はついていない。嘘を本当の話だと信じてもらうより、嘘みたいな本当の話を本当であると信じてもらう方が難しい。


『Ryou2:ガラパゴス携帯はバッテリーなしでも電源入るぞ』


「え? そうなんですか?」


『Ryou2:正規のは無理だけど改造品が一時期出回ってたんだよ』


 本来ならネタである事を見破られ意気消沈するところだろうか。Ryou2のコメントを見て不安が和らいでいくのを感じた。


「という事は、この携帯に着信が来たのは誰かのいたずらって事でしょうか?」


『Ryou2:まぁいいや 釣りでもいいから楽しませてくれ とりあえずメモがよく見えんから音読してくれ』


「わかりました。いきますよ。2、10、4、じ、3、い、な、い、に、10、5、お、い、は、せ、ろ、5、は、す、ど、4、う。です。この後は長い電子音が鳴って、また同じメッセージが繰り替えされていました。」


『K-taro:イミフ』


『tomo4646:なんか不気味ですね…』


「誰かこれ解ける人いませんか? これ何かのメッセージなんですかね?」


 相変わらず視聴者は三人のままだ。


 最早、たった三人の為にエンターテイメントを届けようという気はない。誰か早くこれをいたずらだと証明してくれと懇願しているだけだ。


 しばらく沈黙していた視聴者コメント欄にRyou2からのコメントが届き、釘付けになる。


『Ryou2:二十四時間以内に呪語を言わせろ 壊すと死ぬ じゃね?』


 Ryou2のコメントとノートのメモを照らし合わせた。もう一度ゆっくりメモを音読すると、確かにそう聞こえる。


『Ryou2:音声が時報のものなんだったら機械音声に含まれていない発音は母音が同じ他の音で補完されてる』


『tomo4646:呪語? ジュゴってなに?』


『K-taro:ヤバくね? 携帯壊したら死ぬってこと?』


 これが創作ならもっと視聴者増えろと喜んでいたかもしれない。だが、Ryou2のコメントは僕を恐怖の谷へと突き落とした。


 これはいたずらじゃないのか。手の込んだチェーンメールみたいな、きっとそんな類のやつだ。だったらこれを利用して、視聴者数を稼いでやる。そんな事を考えながら冷静さを取り戻そうとしていた時だった。


 ガラパゴス携帯のアンテナが光り、三和音のメロディーが鳴り出した。


 また着信か? 

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