第十四話 『ガラパゴス携帯』津口岳則

 真っ暗な山奥から街の明かりに向かってスクーターを走らせるこの状況は、まさに今の心境を表しているかの様だ。


 なかなか思い通りにならない毎日に、一筋の希望が差し込んだみたいだ。こんなに気分が高揚したのはいつ以来だろうか。


 高校を卒業して二年、進学せずになんとなく続けていたアルバイトも辞めた。動画配信サイトで心霊実況配信者として活動を始めたのはその頃からだ。


 自分の配信ページに企業の広告を掲載し、視聴者数に応じて報酬が貰えるというシステムを知って、配信者として収入を得る生活に憧れた。


 アルバイトでの給料を貯めて買ったスクーターに乗って、近場の心霊スポットで適当に写真を撮り、それを自宅のパソコンを使ってのライブ配信、つまり生放送で紹介したりしていた。


 ところがそんな特に面白味もない配信を続けたところで、視聴者数は多くて四、五人といったところで、一向に増加する気配もなかった。


 そんなある日、心霊スポットについての配信を続けていたとある配信者が爆発的な人気を見せた。その配信者は、近くの山奥にある公園に捨てられていた汚れたラブドールを持ち帰り、ライブ配信をしたのだ。


 ただでさえ自殺の名所として有名な山で発見されたそのラブドールの配信は、『あの山には誰からも愛されずに自殺した女の幽霊が出る』という噂も相まって、かなりの盛り上がりを見せていた。


 僕が関心したのはその後の展開だ。


 毎週決まった時間に開始されていたライブ配信が、ある日を境に途絶えたのだ。ドール配信者のファン達のSNSでは、『配信者は自殺した』『ドールに宿った怨念に呪い殺された』などとあらぬ噂が立ち始め、次回の配信を待ち望む者も続出している。


 僕にはそれが『演出』である事が解っていた。


 定期的に行っていた配信を突然休止して、あのドールは本当に呪われていて、配信者の身に何かあったのではないかと思わせる作戦だ。きっと今頃、配信者はネットに広まりつつある噂を眺めてほくそ笑みながら、そのうち何食わぬ顔で戻ってくるに違いない。


 でも、そういった演出を画策する配信者を批判するつもりはない。


 僕は配信を始めたばかりの頃、あくまでリアルな内容の心霊配信に拘っていた。心霊スポットで撮った写真に何か細工をする事もなく、駄弁りながらただの風景写真を延々と垂れ流していた。


 しかし、それでは結局視聴者数は増えない。みんな、もっと怖いものが見たいのだ。それが嘘でも創作でも構わない。面白ければそれでいいのだ。


 ドール配信者の二番煎じだとレッテルを貼られる事を覚悟して、僕は公園のある山奥へ向かった。そして、公園の池のほとりでなかなか味のあるブツを拾った。


 もうバッテリーが抜かれて動作しない、折りたたみ式の旧型携帯電話。


 所謂、『ガラパゴス携帯』というやつだ。


 ブルーの塗装が少し剥がれていて、伸びたままのアンテナは曲がっていた。


 ここで自殺した誰かが落とした物かもしれない。ラブドールよりインパクトは弱いが、ここからどんな面白いストーリーを作っていくかによって僕の配信者としての人気が決まる。


 とにかくこれを自宅に持ち帰り、ライブ配信して視聴者の反応を見よう。それから、今後の展開を決める。


 心霊実況配信者として人気を博す自分を想像しているうちに、自宅に到着した。


 スクーターを停めて自分の携帯電話を取り出す。通話の相手は幼馴染みの健太郎だ。彼も高校を卒業した後、ゲーム実況配信者としての日々を送っている。


「健太郎、今、暇?」


「これからゲーム配信しようと思ってたとこだけど」


「待て。さっき山行ってて、ちょっとヤバいのを拾ってきた」


「なに? 岳則もラブドール拾ってきたの?」


「いや違うけど、まあとりあえず今からライブ配信するから、見てよ」


「別にいいけど」


「すぐ始めるから、絶対見ろよ」


 通話を終えて自室に入り、さっそく配信の準備を始めた。机にウェブカメラをセットしてカメラの前にガラパゴス携帯を置いてから、配信中のトーク内容について考える。


 このガラパゴス携帯は呪われている、という方向で話を進めようか。


長い間あの山で放置されていたのか、年季が入っていて如何にも呪いのアイテムといった感じのビジュアルだ。出来れば人形とかの方が良かったが、近代的なオカルトというのも悪くない。


 爆発的に増える視聴者を想像しながらテンションを上げ、意気揚々と配信開始のボタンをクリックした。


「あれ?」


 いつもならこれで配信が開始されるはずだが、今日はそうではなかった。


『接続に失敗しました』


 モニターにはそう表示されていた。


「くそ、こんな時に限って」


 何度も再試行するが、一向に接続されない。


 パソコンを再起動しようとした時だった。


 突然、耳慣れない音色のメロディが部屋に鳴り響いた。


 三和音で構成されるその無機質な電子音は、ウェブカメラの前に置かれてある物体から流れ出ていた。


 既にバッテリーが抜かれていて、おそらく壊れているであろう古いガラパゴス携帯は、不安定なメロディに合わせて曲がったアンテナの先を光らせていた。


 昔の携帯電話は、着信に合わせてアンテナの先を点灯させる物に取り替える事が出来たらしい。しかし、バッテリーがない状態で光らせる事も可能なのだろうか。ましてや、着信するなんて……。


 部屋の空気が、さっきまでとはまるで変わってしまった様に感じる。


 気が狂いそうになる不穏な着信音に耐えかねて、僕はガラパゴス携帯に手を伸ばした。


 ディスプレイを確認する。


 着信相手は『不明』と表示されたいた。


 山奥に捨てられていたこんな古い携帯電話に、一体、誰がかけてくるというのだ。


 一人で通話を開始する事に恐怖を感じた。


 ライブ配信が開始されない事に歯噛みする。出来れば、この通話を配信したい。そんな欲求と、ありえない事が起きているという恐怖が混ざり合い、言いようのない笑いが込み上げてくる。


 まさか、本当に呪われているなんて事がある訳ない。


 思い切って通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

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