番外編 羊羹の日記念 新作羊羹選手権 三

「それでは、三品目、緑珠姫選手の作品です」

「おい、なんで姫付けるんだよ」


 玉兎の紹介に、お運び役の井桁からクレームがついた。


「ええ、と、それはですね、応募書類通りなの、です」

「そんなのを通したのか」

「事務局からの指示通り、です、ます」


 井桁の剣幕に、しどろもどろの玉兎。

 と、


「わらわの手になるものは、すずろにしか口にさせたくないのじゃ」


 とかわいらしい声がしたかと思うと、緑珠姫は、井桁から箱膳を奪い取って、自らすずろの所に持っていった。

 そして、すずろの膝に、箱膳ごとちょこんと乗った。

 すずろは、ちょっと驚いたようだったが、とくに姿勢を崩すでもなく、ゆったりと腰かけたまま澄ましている。

 美美は、すずろに倣って、何事もなかったようにふるまっている。

 館長は、おやおや微笑ましい光景だと、和やかな表情を浮かべている。


「あ、なにすんだ、おい、玉兎、あいつ、ルール違反だ」

「ああ、はいはい、緑珠姫選手、ルール違反は失格になるのですー」

「そんな離れたとこから言ってないで、引き離してこいよ」

「そうは言いましても、マイクを持ってるので、手が離せません」

「じゃあ、おれが」

「そ、それは、まずいです。お運びさんには中立でいていただかないと」

「じゃあ、どうすんだよ。すずろのにだけ、こっそり何か仕込もうとしてるかもしれないじゃないか」


 井桁と玉兎がやり合っているうちに、呉剛がすたすたと歩み寄ると、緑珠姫の両脇を抱えてひょいと持ち上げて、そのまま肩に担ぎあげた。


「呉剛、わらわの命なくしていい度胸じゃな」


 すずろの前とあって緑珠姫は振袖の裾を乱すことを憚ったのか、もがいて降りようとはせずに、ひんやりとした口調で文句を言うに留めている。

 嵐の前の静けさともとれなくもないが。


「ええ、それでは、気を取りなおしまして、皆さま、試食タイムです」


 気を取りなおしたのはお前だろ、と井桁に小突かれて、玉兎はマイクを両手で握りしめてぴょこりとお辞儀をした。



 緑珠姫の作品は、煌びやかで、甘い香りを放っている。


 練りあんと白あんの二層になった羊羹。

 練りあんは黒糖が使われ漆黒を思わせる。

 白あんは甜杏仁てんあんにんのピュレでしんとした趣の白亜。

 よく見ると、二層ではなく、三層。

 二種類のあんの間に、タピオカの寒天寄せがはさんである。

 寒天寄せの味つけは砂糖黍さとうきびシロップ。


 器は、細く伸ばした飴を編んで作ったかごで、全体に金箔が散らしてある。

 それが、透明なガラスの皿に乗せてある。

 器の方がいささか目立つ華やかさだった。

 

「仕上げですわ」


 と、緑珠姫が愛らしい声とともに、呉剛の肩からぴょこんと飛び降り、審査員席に駆け寄った。

 そして振袖から香水瓶のようなものを取り出すと、それぞれの器に盛られた菓子に、しゅっ、と甘い香りのする液体をふりかけた。

 この香りは、緑珠姫ならではの、金木犀の花蜜甘露だ。


「『トロワ・ルミエール』ですの、めしあがれ」


 なぜか唐突にフランス語が使われている。


「三つの光? 」

「三つの光……」

「天の光の移り変りのことでしょうか」


 美美、すずろ、館長が、つぶやいた。


「練りあんは夜の光、すなわち月。

 白あんは昼の光、すなわち太陽。

 タピオカあんは、はざまの光、すなわち、暁と黄昏」


 緑珠姫が、節をつけて菓子のことを詠いあげながら、振袖を優雅に翻して軽やかに舞っている。





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