番外編 羊羹の日記念 新作羊羹選手権 二

 一品目は、深川の月見羊羹。


 なめらかに練り上げた小豆餡の中に甘露煮の栗が浮かんでいる。

 闇の深い秋の夜の満月は、流れ星がかかると、澄んだ音色が山々に木霊し響き渡りそうだった。


 器は、土物の平皿で落葉が懐紙代わりに敷いてある。


「それでは、深川選手、菓銘をご発表ください」


 玉兎がぴょこん片耳を倒してマイクを向けた。

 深川はマイクを受け取ると、とくに勿体ぶることもなく


「『山響やまひびき』」


 と、あっさりと言った。

 

 審査員一同から、ほうっ、と声が出た。


「では、お召し上がりください」


 玉兎の合図で、審査員は、試食を始めた。

 

「月の光が山々を照らして広がっていく時の、空気を震わせる動きが微かな音になって、夜の静けさを破っていくのが伝わってくる」


 美美は、思い浮かんだままの情景を、自然と言葉にしていた。


「寄り添って眺めている月でしょうか、美美さん」


 すずろの声は涼やかだが、口調は熱を帯びている。


「丁寧な仕事ぶりに脱帽です。それに、絶妙な命名ですね」


 館長は、ひと口食べてはメモをとりながら、感心している。


「皆さま、一品目のご試食は終えられましたでしょうか」


 井桁が器をさげて、代わりに煎茶と水をいれたグラスを運んできた。

 審査員は、口を清めると、二品目を待った。


「では、艾人選手、菓銘をご発表ください」


 玉兎がマイクを向けると、艾人は、電気が通っているようなものには触れたくないと、もごもごと意味不明な文句を呟いて、マイクは使わず玉兎の耳もとに顔を近づけた。


「ふぁっ、くすぐったいよ、ぼくたちは、自分のもふ毛に弱いのさ、っくしょっい」


 玉兎は、菓銘を告げる艾人の息で、自分の耳毛で耳の内側をくすぐられて、盛大なくしゃみをした。


「し、失礼しました」


 玉兎は、鼻をぴくぴくさせながらお詫びした。


「二品目、艾人選手の出品作品の菓銘は、『千種願人ちぐさがんにん』です」


 二品目は、艾人とおくらさまの合作、さいころ状の真っ黒なあられ菓子のような羊羹だった。

 見た目も怪しげだが、薬草を煎じたような鼻を摘まみたくなるにおいがする。

 器は、蔵でほこりをかぶっていた塗りのはげた漆器に、反故紙を敷いたもの。

 最早、和菓子ではなく漢方薬のような代物だった。


 審査員たちは、食べていいものなのかどうか、皆、躊躇している。


「ええっと、試食タイムでーす、どうぞ、審査員のみなさま、どーぞー」


 玉兎は煽るが、誰も手をつけようとしない。

 仕方なく、玉兎は、ぎゅっと目をつむって、一つ口に入れた。


「むむんっ」


 得も言われぬ苦味と薬くささに、玉兎は、それでも平成さを保って水で流しこんだ。


「なんか、効きそうだよ、うん、口には苦くて鼻にはきついけれど、ぼくの何かに効きそうなものだよ」


 飲み込んだ後は、けろっとしている玉兎を見て、審査員たちは、しぶしぶと試食を始めた。


「田舎のおばあちゃんの煎じ薬、かな。ゲンノショウコとかセンブリとかドクダミとか。飲みやすくするのに、カンゾウのシロップが混ぜてあるような」


 美美は、決して美味しくはないが、人工物を排した味という点を評価した。


「おやさしいですね、美美さん」


 すずろは、あえて味に言及しない。


「千種願人、菓銘は、なかなかですね。願人がんにんは、江戸時代の半僧半俗の大道芸人で人に代わって参詣や修行をしていた者のことです。千種は、いろいろな草花のことですが、ここでは、薬草をイメージしているのでしょう。そこから、薬草を集めて病を治す祈願する、という意味を持たせてるのではないかと推察します」


 館長も、味には言及せずに、自説をひねり出した。


 試食の後は、皆、無口になって、審査票に書き込んだ。


 井桁が、ほんの少ししか口のつけられていない器をさげて、煎茶と水をいれたグラスを運んできた。

 審査員は、口を清めると、三品目を待った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る