番外編 羊羹の日記念 新作羊羹選手権 一

 某年十月八日羊羹の日。

 涼やかな秋の風が心地よく吹き抜ける庭に緋毛氈を敷いて、菓子司美与志では、今日は何やらイベントが開かれているようだ。


「みなさま、ご静粛に、ご静粛に」


 神妙そうな面持ちでこのイベントの司会を務めるのは、月うさぎの玉兎ぎょくと

 いつものような軽口ではなく、ていねい語で話そうと苦心している。


 もふっとした毛衣の胸元に蝶ネクタイ、丸型の伊達メガネをかけて、耳の間にミニシルクハットを留めている。

 そして、右手にマイク、左手に長机の上に掛けられた大判のちりめん風呂敷の端を握っている。


「玉兎、後ろ足で立つの大変じゃない。それに、前足で、マイク持ったりして」

美美みはるはやさしいなあ。ぼくたちは、いつも筋トレしてるから、後ろ足で立つくらい平気なのさ。前足を人間の手みたいに使うのは、ちょっと根性いるけどね」

「根性? 」

「まあ、努力は白鳥のごとし、なのがぼくたちなのさ」

「……? 」


 相変わらず妙な言いまわしで美美を煙に巻くと、玉兎は咳ばらいをして居住まいをただした。


「それでは、お待たせいたしました。 第一回、羊羹の日記念、菓子司美与志かしつかさみよし杯 新作羊羹選手権の審査を始めます」


 宣言すると同時に、玉兎は、掴んでいた風呂敷の端をぱっと引いた。

 現れたのは、白木の長机。

 そして、思い思いの器に盛られた羊羹が、三種類並んでいた。


「美味しそう! 」

「美しいですね」

「これは、なかなか」

 

 三者三様の声が、審査員席からあがった。

 そこには、菓子司美与志の次期冥菓道めいかどう継承者とされる三好美美みよしみはると、あやかし側の継承者とされる眉目秀麗な朧桜の君ことすずろ、そして、外部審査員として郷土資料館分館の館長が坐っていた。


 今回エントリーしているのは、今や彼なくしては店が成り立たなくなっている菓子職人の深川ふかわと、美美の父から代理を頼まれたのだと名乗りをあげた蔵守の艾人がいじん、そして、優勝者は何でも願いが叶うという勝手なことを言い出して強引に参加した推定年齢1200歳以上の幼姫おさなひめ、金木犀の香りをまとう緑珠姫りょくじゅひめだ。


「評価ですが、意匠、味、菓銘、それぞれを5点満点として、得点を付けていただきます。最高得点をとった出品作品が、優勝です。優勝者にはあん一封が送られます。今後ますます菓子作りに精進していただくのにお役立ていただければとの主催者からの気持ちです。それと、審査員特別賞は、郷土資料館分館の御土産品のラインナップに加わる可能性があるとのことです」


 玉兎は、なんとかつっかえずに言い終えたので、ほっと胸を撫でおろした。

 緊張のあまりなのか、胸元のもふ毛が、はらり、と、2,3本舞い散った。


「では、審査員のみなさま、存分に味わってください」


 玉兎の掛け声とともに、審査員に、箱膳に乗せられた出品作品が運ばれてきた。




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