番外編 星夕ドーナッツ 完

「それにしても、そろそろ決めないと、もう時間切れ。材料も、店にあるものを使うしかないかな」


 美美がため息をついた。

 碧桃花も加わって、七夕限定菓子の案を出し合ってみたけれど、どうにも煮詰まってしまっていた。

 その時だった。


「だったら、一周まわって元にもどって、王道をいくことにすればよろしいのでは、美美さん」


 碧桃花はそう言って、浴衣の袂から何かを取り出した。

 その手には、おみやげで持ってきた索餅さくへいがあった。


「王道?」


 美美が聞き返すと、碧桃花はうなずいた。


「はい、お姉さまが作ってくださった、この索餅です。これをお客様が喜ぶようなものに工夫したらよろしいのではないですか」

「そっか、索餅は昔からある伝統的な七夕菓子だけど、ドーナッツだと思えばアレンジができるわね」

「お店の前にミニ屋台を出して、揚げたてにトッピングをお好みでってすれば、なんか楽しそうじゃん」

 井桁の言葉に、美美もうなずいた。

「でも、夏に揚げものは、どうかな」

 一番たくさん索餅を平らげていながら、玉兎が横槍を入れた。

「夏だから、です」

 碧桃花は、手にしたかじりかけの索餅を、玉兎の鼻先に差し出した。

 玉兎は鼻をひくひくさせて、

「夏だからってどういうことなんだい。ぼくにわかるように説明しておくれよ」

 と言った。

「炭水化物を油で揚げることで、腹持ちがよくてエネルギー源になるってことよね」

 美美がそれに答えると、

「はい、疫病に打ち勝つ体力がつきます」

 と、碧桃花が続けた。


「伝承にもありますね、美美さん」


 そこでようやくすずろが口を開いた。

 美美は、すずろの声に、はっと何ごとか思い出し、言葉を継いだ。


「そう、七夕というと、今はすっかり一年に一度の織姫と彦星の逢瀬というロマンスでしか語られなくなっているけれど、それとは違う言い伝えもあるの」


 美美はそう言うと、話し出した。


「これは、中国での一説。昔、七月七日に亡くなった子どもがいて、その子は悪鬼になって人を病にしたりして荒ぶっていたの。幼くして亡くなった子の生れ変りだと思うと、ただ退治するには忍びないと思ったのか、みんなでどうしたらいいか話し合った。そうしたら、その子は人であった頃、索餅をたいへん好んでいたことがわかったの。そこで、索餅をお供えしてお祀りしたところ、悪鬼が暴れることはなくなったとのこと。七夕に索餅を食べると、人々も病にかかることなく過ごすことができたのだそうよ」


「子どもの霊を慰めるためのお供えだったとは、索餅は、なかなか尊いお菓子だね」

 玉兎は、美美が手にした索餅に、ぴょこんと拝礼した。


「だったら、なおのこと、ドーナッツでいいじゃん」

 井桁は一本調子でドーナッツ案を推している。


「でも、やっぱり、七夕を楽しむお菓子としては、どうなのかな。そりゃ、差し入れでもらった索餅は美味しかったし、元気も出てよかったけどね。お客様は、夏だったら、涼し気な見た目のものを欲しがるんじゃないかな」

 玉兎の言い分ももっともらしかった。


「そうね。でも、錦玉羹のような見た目の涼し気なお菓子だと、例年と変わり映えしないし、よその店でもみんなやってるだろうし」

 美美がやんわりと反論すると、碧桃花が声をかけてきた。


「だったら、冷たくてしゅわしゅわを一緒に召し上がっていただきましょう」

「冷たくてしゅわしゅわ?」

「はい、ラムネとドーナッツ、ねじりドーナッツ、いかがでしょう」

「セットメニューにするのかい」

「店先を縁日風にして、金魚練り切りを入れた錦玉羹や、ヨーヨー風玉羊羹、それに、綿あめにおいりや金平糖、有平糖をトッピング。七夕オンリー縁日メニューをご提供したらいかがですか。わたし、お祭りの縁日が、すっかり気に入ったんです」

 碧桃花は、浴衣の両袂をくるんとからげて、にっこりした。


「にぎやかで楽しそうだな」

「さすがに屋台はできないけど、ドーナッツスタンドと、もう一つ何かくらいだったら設営できるかな」

「だったら、ぼくにいい案があるよ。ぼくに任せてよ。七夕のドーナッツ売切れ必至のアイデアがぼくにはあるのさ」

 玉兎が美美のまわりを飛び跳ねながら言った。

「面白そうなことは、玉兎に任せるのがよさそうね、では、お願いするわ」

 美美に頼まれて、玉兎はうれしそうに耳をぴこんと折り曲げた。


 そして、七夕当日、菓子司美与志の店先では、七夕限定縁日屋台ドーナッツスタンドがオープンした。

 ドーナッツスタンドの横には、玉兎の発案でチョコレートファウンテンが置かれた。

 チョコレートファウンテンに、竹串に刺したドーナッツを浸して、フォンデュ風にして食べるのだ。

 ドーナッツは、索餅を作る要領でねじり棒にしたものをハート型にして、中抜けハートドーナッツにして揚げたものだった。

 そこにトッピングで、可愛くて大人気の香川県の郷土菓子おいりや、金平糖をトッピングできるようにした。

 これは、大人気となった。

 

「ロマンティックからは遠くなってしまったけど、みんな楽しそうだし、よかった」


 涼し気な浴衣姿の美美を、目を細めて見ていたすずろは、


「浴衣姿の美美さんがいるだけで、十分ロマンティックですよ」


 と、美美にだけ聞こえるように囁いた。

 緑珠姫が今ここにいなくてよかったと胸をなでおろしつつ、美美にはすずろの言葉はうれしかった。


「ほら、無病息災なんだから食べろよ」


 井桁が二人の間に2本のチョコフォンデュドーナッツを差し出した。


「ロマンティックっていうんだったらさ、ほら、2本あるから、食べさせあいっことか……」


 井桁が美美をからかうように言った。

 美美は、口に運びかけていたドーナッツを持つ手を止めた。


「せっかくですから、井桁のおすすめの食べ方してみませんか、美美さん」


 すずろが、珍しくいたずらっぽい表情を見せた。

 それにつられて美美がうなずくと、二人はそれぞれのドーナッツを相手の口元に差し出した。


「美味しそうだね、いただきます」

 

 すかさず、玉兎が、交差したドーナッツを2個一度にぱくついた。

 玉兎は、両頬を膨らませて、ふごふご言いながらドーナッツを味わっている。

 何も刺さっていない竹串ごしに顔を見合わせて、すずろと美美は、思わず笑ってしまった。


「なかなかロマンティックに到達できないな」


 美美は苦笑いした。


「でしたら、美美さん、いっしょに考えましょう、星の夕べのロマンスのお菓子」


 すずろの囁きは、いつにも増して甘く快く、美美の心に響いた。

 

 美美は照れて視線を店先に移すと、イベント用に特注した「星夕せいせきドーナッツ」と筆文字が躍るのぼりが、風もないのにはためいた。


 「織姫さん、彦星さん、あなた方二人のことも忘れてませんから」と美美はつぶやくと、のぼりの横に立てられている笹竹に、願いごとを記した梶の葉を結びつけた。


 里芋の葉の露ですった、墨の跡も鮮やかな梶の葉には、さらりと一文ひとふみ


 「来年の今日も、晴れますように」

 







 

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