番外編 星夕ドーナッツ 八

 再び七夕菓子の話し合いが始まったが、やはり堂々巡りになってしまった。

 いつしか日はとっぷりとくれ、隣り町での花火を打ち上げる音が風に乗って聞こえてくる時間になっていた。


「おなかすいたな」

 井桁がつぶやくと

「ぼくは腹ぺこだと何も考えられなくなるんだよー」

 半べそをかきながら玉兎が訴えている。


「わかったわ。うなぎでもとりましょう」

 美美は幼馴染馴染みの清川工きよかわたくみの実家の和食処・うなぎ喜代川きよかわから出前をとることにした。

 注文して30分ほどで工が岡持ちを持って現れた。

「おまちどうさま。丼は、明日の朝とりにくるから」

 美美がお茶でもと言って誘ったが、店が忙しいからと言って工はそそくさと帰っていった。

 

 和食処・うなぎ喜代川のうな丼は、香ばしい焼き色のふっくらとした鰻に、たれとごはんとの絡まり具合が抜群で、うれしい晩ごはんとなった。


 食後、井桁のいれてくれたほうじ茶を飲みながら七夕菓子についての話し合いを続けたが、やはり決め手となる案は出なかった。

 美美が頭を抱えてしまったその時、元気な声がした。


「ただいまー」


 花火大会に出かけていた碧桃花へきとうかだった。

 出かける時は洋服姿だったのに、なぜか浴衣姿で下駄まではいている。

 索餅さくへいヘアには、蝶々のクリップが羽を休めているかのように留められている。


「花火大会楽しかったー」

「浴衣、どうしたの?」

「仲見世商店街の福引で当てました!呉服屋さんの景品です」


 碧桃花は、浴衣の袖口をつかんで、くるんと回って見せた。

 裾模様の朝顔が、ひらりとあおられてほころんだ。


「これおみやげです。綿あめと、リンゴあめと、カルメラ焼きと、バナナチョコレート!」


 碧桃花は、両手いっぱいの縁日駄菓子を差し出した。


「甘いものばかりだね、口がお砂糖でくっついちゃいそうだよ」


 そう言いながらも玉兎は、早速綿あめに手を伸ばした。


「そうそう、辛口さんへのおみやげもあります」


 そう言って碧桃花は、背中に背負っている籠ランドセルから飛び出している、花嫁姿の狐やねじり鉢巻の狸、松竹梅に鶴と亀、桃太郎にかぐや姫といった飴細工を籠の脇に寄せた。

 そして、同じように籠からはみ出している風呂敷包みを取り出した。


「わ、重かったでしょ。これ、若山牧水ゆかりのお酒ね」

 ふろしき包みの中は、日本酒の一升瓶だった。

「はい。お隣りの町の牧水さんの記念館にお勤めしていたという方からきいて、酒屋さんを探しました」

「そんなに気をつかわなくてもよかったのに」

「お宿のお世話になるので、気持ちです」

 小学校高学年の見かけによらず、碧桃花はしっかりものだった。


「ところで、みなさん、なんだか難しい顔をしてるのですね。もしかして、差し入れのお菓子、美味しくなかったですか?」

 碧桃花が心配そうにきいた。


「そんなことはないわ。美味しかった、ごちそうさま」

「よかった、ひと安心です」

 碧桃花はにこっとすると、テーブルに載っている白玉デザートに目を輝かせた。


「わあ、かわいらしいですね。これは、どなたが作られたのですか」

「それは、緑珠姫からの差し入れなのよ」

「あ、いらしたのですか」

「いらしたわ。そして、今は、眠ってる」


 美美が奥の間を指すと、碧桃花はふうんとうなづいてから、白玉デザートの器にとりかかった。


「いただきまーす、ん、おいしー」

「屋台で山ほど甘いもの食べてきたんじゃないのかい」

 綿あめがひげや耳にくっついてしまって格闘中の玉兎が言った。


「甘いものは別腹って言うのですよね、こちらのお国では」

「まあな。にしても、なんか、匂ってくるぞ、甘ったるくて、くしゃみが出そうだ」


 井桁はくしゃみをおさめようと自分の鼻をつまんだが、その横で、綿あめまみれの玉兎が盛大にくしゃみをした。

 くしゃみで飛んだ綿あめが井桁の鼻先にくっついて、結局二人でくしゃみをする羽目になった。


「だいじょうぶ、ほら、これでふいて」

 美美が慌ててタオルを濡らして持ってきた。


「ありがとう、美美」

 井桁はタオルを受け取ると、顔についた綿あめをぬぐった。


「美美、気持ちはうれしいけれど、ぼくは食べるものは粗末にしたくないんだ。タオルじゃなくて、鏡を貸して欲しいな」

 玉兎が言った。


「鏡?おかしなことを言うのね」

 美美は首を傾げながら手鏡を渡した。


 玉兎は、手鏡を片手に、自分の顔についた綿あめを手ではがしては、ぺろりとなめて溶かしていく。


 その仕草は、確かに食べものを粗末にしないようにと、いたって真面目にやっているのだけれど、傍目にはちょっと滑稽だった。


 


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