番外編 星夕ドーナッツ 五
深川は、竹で編んだ蓋付きの籠を運んできた。
籠の上には折り畳まれた半紙が載っている。
竹籠を作業テーブルに置くと、深川は、半紙を広げて両手で持って美美たちに見せた。
そこには、淡彩で、彩りの美しい和菓子がいくつか描かれていた。
それは、深川が勉強のために古書から写したものらしい。
「まずは、七夕の節供菓子について、簡単にご説明させていただきます」
珍しく深川が語ろうとしている。
もしかしたら、これから出す菓子は、まだ完成品ではないのかもしれないな、と美美は勘ぐった。
いつもなら、何も言わずに、すっと出来上がったものを出すのが深川だ。
ものつくりを生業にしていれば、趣味のものつくりであっても、作品について饒舌に語ってしまうのは、作品に自信がない時、自分の作品の力を信じられない時だ。
もちろん、例外はある。
その語りまでもが作品のうちというキャラクターの持ち主が作ったものの場合などが、それにあたる。
けれど、深川は、明らかにそのようなタイプではない。
美美がちらりとすずろを見ると、すずろは穏やかな様子は崩さないまま、いつもより心なしか眉の辺りが曇っているように見えた。
すずろは、美美の視線を感じたのか、手にしたうちわをくるんと裏返して、菓子司美与志となめらかな筆書きの文字の方を見せて、にっこりした。
「七夕、宮中では
深川は説明を終え、自作の菓子をいよいよ披露する段になった。
深川は竹籠のふたをとった。
竹籠には、梶の葉が敷かれ、その上にみずみずしさの溢れる自然な艶出しも見事なこなし細工の瓜が置かれていた。
梶の葉には水飴の朝露が散りばめられ、瓜にはレース編みのドイリーを思わせる繊細な飴細工の蜘蛛の巣が掛けられていた。
そして、蜘蛛の巣の端に、獲物をつかまえんと正に足を一歩踏み出しかけた瞬間を捉えた色鮮やかな蜘蛛が置かれていた。
それは、宮中への献上菓子の技を駆使した観賞に耐えうる存在感を放っていた。
籠の中を見て、一同、声をあげた。
あるものは感嘆と賛辞をこめて、あるものは嘆息を、あるものは驚きを、あるものは恐れを帯びた声だった。
「菓銘は、何と言うの」
「 ササガニの宿り、です。七夕は、裁縫上達を願う行事でもあり、供物の瓜に蜘蛛が網目の細かな巣を張ると、その願いが叶うということから、糸を巧みに操るササガニを象ってみました。クモをカニというのは、クモのことを古名でササガニと言うことと、七夕の笹にもつながることからあえて銘に使いました」
やはり、深川らしくない。
訊かれたことに、いつもは簡潔に答えるだけなのに、しきりと七夕の行事との関わりを強調している。
「イメージはわかるけど、でも、さすがにクモは食べたくないな」
「ぼくは、食べるものの好ききらいはないけれど、虫は苦手なんだな。あ、クモは虫じゃないけどね」
「きれいって言うか、クモの色ってなんか食欲湧かないよな」
「ややっ、毛が生えてるよ、クモのあしに。リアル過ぎて、これは触るのもなんだかなぁ」
井桁と玉兎が、正直すぎる感想を言い合っている。
すずろは、団扇を扇ぐ手を止めて、思案気に深川とお菓子を見比べている。
「きれいだからと言って、必ずしも、美味しそうに見えるとは限らないのよね」
美美が、ぽつりと言った。
深川は黙って皆の言葉に耳を傾けている。
「工芸菓子ですね、深川さん」
すずろがおもむろに口を開いた。
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