番外編 星夕ドーナッツ 三

「おれも一つアイデアあるぜ、美美みはるせんせー」

 

 井桁いげたが手を挙げた。


「はい、井桁くん、どうぞ」

 

 美美が井桁のノリに応えて言った。


短冊型たんざくがたの小ぶりの羊羹ようかんを作ってさ、お客さんに、白あんクリームで願いことを書いてもらうんだ。それを、星が出てくる東の方角を向いて無言で食べきると願いが叶うってことにして。まあ、お遊び半分って感じでさ。まじない菓子ぽくっていいじゃん」


 井桁からのどこかで聞いたことのあるような提案に、美美は、今や飛びつきそうになっていた。


「お客様に仕上げをしてもらうっていうのは、イベント感があっていいわね」

「それはおもしろそうだね。ウエディングケーキみたいに、ペアのお客さまには一緒に願いことを書いてもらうっていうのはどうだい」


 玉兎ぎょくとが割り込んできた。


「そうね、親子でとか、友だち同士でとか、ご夫婦、おばあちゃんおじいちゃんとお孫さんとか。七夕だから、もちろん、恋人同士が最優先で」

「恋人未満同士もありだよな」


 玉兎の提案に、井桁も面白そうに乗ってきた。


「なになに、お手本で、美美とすずろが、まず描いて見せるのかい」


 玉兎が調子に乗って言い募ると、美美の鉄拳が飛んできた。


「痛いなあ。美美は、すずろと恋人になる前提の未満なんだから、いいじゃないか」

「臆面もなく言われると、恥ずかしいでしょ」

「恥ずかしい?美美、恥ずかしいのかい?あ、ホントだ、赤くなってる、汗も出てる、美美、意外に初心うぶなんだなぁ」

「初心って、今はあんまり使わないんじゃないか。なんか、若々しさがないっていうか、おっさんぽいっていうか」


 井桁が玉兎に突っ込みを入れた。


 と、涼風がふっと、美美たちの傍らを抜けていった。


 皆がいっせいに振り向くと、すずろが、優雅に団扇うちわあおいでいた。


 団扇には、蛍が舞いながら星を散らしている絵が描かれている。


 すずろは、団扇を扇ぎながら美美のそばに、すっと佇むと、


「玉兎、私たちは、未満ではないよ。美美さんを、困らせないでくれないかな」


 と、涼やかな笑みを浮かべて言った。


「え、すずろ、そ、それは、その、わたしとすずろは、冥菓道めいかどうのパートナーだけれど、まだ恋人とか、そういう」


 美美が慌ててすずろの言葉を説明しようとしているのを、すずろは目を細めて見つめている。


「美美さん、汗をかいてますよ」


 すずろは自分の着流しの袂で、さっと美美の額に浮いたあせをぬぐうと、団扇でやさしく風を送った。

 すずろが団扇をゆったりと扇いでいるうちに、描かれた蛍の番いが仲睦まじげに一つの光になって、ふわふわと団扇を抜け出して、窓から夕まぐれの空へ消えていった。

 美美は、うっとりと、光を目で追っているうちに、心が落ち着いてきた。

 その頃合いで、すずろが切り出した。


「美美さん、深川ふかわさんも、何かご自分の案があるのではないですか」

「あ、そうね。深川さんだって、オリジナルのも作ってみたいよね」


 美美が、声をかけると。


「まだ修行中の身ですから」


 と、深川は、ていねいに、けれど、きっぱりとそれはできませんと答えた。


「そんなこと言わないで。オリジナルを作るのだって、修行の一環だと思うけれど」

「ふじやんも見たいと思うぜ。弟子が師匠とどれだけ違うものを作れるのか」

「ぼくも食べたいな。弟子くんの七夕のお菓子」


 深川は、みんなからの要望に、今度は少し考えこんでいる。


「じゃ、おれ、お茶いれてくるからさ。お茶のみながら、続きは考えようぜ」

「賛成。お茶請けもよろしくね、井桁」

「もちろん!」


 井桁は元気よく返事をしてお茶の仕度にとりかかった。




 




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