番外編 星夕ドーナッツ 二
季節の行事五節供を祝う特別拵えの食事やお菓子を、歴史ある老舗菓子司美与志では、代々たいせつにしてきた。
だから、
例年は、梅雨明けに合わせて甘露梅を入れた葛饅頭や、笹団子などを七夕の店頭に並べている。
けれど、今年は限定商品を新作をと、勢いでやることに決めてしまったので、たいへんなことになっているのだった。
本来なら、とっくに新製品はできていなければ、材料の調達も仕込みも何もかも、間に合うはずはない。
一応、候補作はあがっていて、試作品はできてはいるのだが……
黒糖羊羹の上に、青い寒天を流し入れて固めて、そこに練乳を絞り出して銀河を描き、アラザンを銀に光る星に見立てて散らした
このなんとも微妙なネーミングの試作品は、美美の父が、先日立ち寄った際に置いていったレシピによるものだ。
いつものように、父は一晩いただけで風とともに何処かへ去ってしまい、深川がレシピを忠実に再現してくれたのだ。
透明な葛の内側に閉じ込めた季節の果物杏の甘露煮の周りを、小粒の金平糖がカラフルに浮かんでいる。
杏の太陽の周りを囲む惑星のようにも見えなくない。
笹の葉に包まれて顔を出す、金平糖入り葛饅頭「恋の星巡り」。
ちょっと凝ったこの新作候補は、
甘酸っぱい果物とカワイイ見た目の金平糖は女子受けをねらっている。
笹の葉の新鮮な香りもポイントが高い。
錦玉羹の「星合の夕べ」は、すずろの発案だ。
円形の型に、彦星、天の川、織姫の順に、下から時間を変えて冷し固めている。
彦星と織姫には、それぞれ金箔がキラキラ浮いている。
歯を当てたら、そのまま、ふるふると頽れてしまいそうな風情の、形を保てるぎりぎりのところの寒天の具合が、はかなげで美しいすずろそのものだった。
いずれも、それぞれの個性が表現されている。
しかし、「平成ミルキーウェイ」は、派手過ぎて老舗和菓子屋にはそぐわないし、「恋の星巡り」は、金平糖の散らし具合が意外に難しく再現性に乏しい。
「星合の夕べ」は、「銘からしてロマンチック!これにしましょう!」と美美は大乗り気だったが、実際に作ってみると、そのふるふる具合を長時間保つのが不可能だとわかり、いずれも採用に至らなかった。
「ふじやんのは、押し出しが強すぎて、色もめりはり効きすぎてて、なんていうか、おまじないパワーはありそうだけど、食べたいって感じじゃないんだよな。すずろのは商品っていうより作品だし。美美のが一番商品と作品のバランスがとれてるけど、再現性が低いとなると……悩ましいとこだよな」
お茶くみさんの
そこに、
お盆には、添えられた青紅葉も涼し気な、五色のそうめんが氷水に泳いでいるガラスの大鉢と、それとは対照的な、どろりとした暑苦しさを感じさせる茶色い汁のガラスの小鉢がのっていた。
玉兎はお盆を、試作品が並んでいるテーブルの端に置くと、得意げに口を開いた。
「ぼくは、流しそうめんがいいと思うな。七夕には、そうめんを食べる風習があるだろ。チョコフォンダンにつけながら、いただくのさ。銘は、『流星に願いを――Wish Upon a Meteor』。正しく和菓子の新機軸だと思わないかい」
玉兎の提案は、いつもながら意表をつくものだった。
「そうめんにチョコは、ちょっと」
「ちょっと、とはなんだい、美美」
「味覚を疑われるというか、だいたい、そうめんは和菓子とは言い難いし、チョコは和菓子には使わないし」
「金平糖は和菓子だっていうのかい」
「金平糖はポルトガルから伝来した南蛮菓子で、歴史を調べてみると、和菓子の範疇として出てくるのよ」
「なっとくいかないな」
玉兎はひげをぴんぴんはねさせて、すねている。
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