エピローグ

 それから三日三晩、休まずにこしらえた冥菓道事始めいかどうことはじめ》としてのまじない菓子を、美美みはるとすずろは二人そろって緑珠姫りょくじゅひめの元へ届けにいった。


御所望菓子ごしょもうがし桂花白雲片涙香仕立けいかはくうんへんるいこうじたて”お届けにまいりました」


 美美は口上を述べ三宝さんぽうに載せたまじない菓子を差し出した。

 すずろは、傍らに控えている。

 緑珠姫はいつものようにはしゃぎはせずに、神妙そうに金木犀の花薫る枝の上からこちらを見下ろしている。


 ひらり、と、扇を一閃いっせんさせると、金木犀の木の下で控えている、今日は姿をきっちり現している呉剛ごごうが、三宝を受取って姫のもとへと運んでいった。


 姫はひと口かじると、ふわっ、と甘いもので満たされたといった風な極上の笑みをみせたが、すぐにその笑みは消えてこうのたまわった。


「これではまだ足りぬ。甘さが足りぬのじゃ 」

「花蜜も、糖蜜も、ひたたひにたっぷり使いましてございます。さらに、このたびは、鎌倉尼僧の乙女心も含ませてございます」


 “鎌倉尼僧の乙女心”のくだりに一瞬ぴくりと眉を動かしたが、緑珠姫は美美の言葉は受け流して、すずろにおさなかわいい笑みを向けた。


「すずろ、そうじゃ、すずろが手ずからわらわに食べさせてくれればよいのじゃ」


 すずろは穏やかに微笑みながら、しかし、動こうとはせずに佇んでいるだけだった。


「すずろ、すずろでなければ、わらわはいやじゃ。首をたてには振らぬぞ」


 それでもすずろは、にこやかに緑珠姫を見つめはするが、言葉を発することもなかった。

 その様子を見てようやく緑珠姫はあきらめたのか、わざとらしく深くため息をついた。


「もうよい。そなたら、まだ冥菓道を極めておらぬのであろう。この程度でのものであろうとは思うておったわ」

 

 緑珠姫はそう言ったかと思うとふわりと舞って、美美とすずろ、二人の前へと降り立った。


「じゃが、花咲き初めし恥らう乙女の肌の匂いが、ほのかに甘さを呼んだ。ほんの一粒、白双糖しろざらとうの一粒ほどには、胸の熱くなる甘さはあった。それは認めようぞ。いずれ、わらわを満足させる御所望菓子も、できるやもしれぬ。わらわも退屈しておったからな。すずろももどったことであるし、こたびは、これを納めるのを許してたもう」


 緑珠姫はそう告げると、再び高枝へと、羽衣天女のように舞っていった。

 美美とすずろは顔を見合わせて、お互いにっこりと笑みを交わした。


 いつのまにか二人のそばには、両手を後ろに口笛を吹いている井桁いげた、魔除け呪符姿の艾人がいじんをくわえて、ぴょこぴょこ飛び跳ねている玉兎ぎょくとが並んでいた。

 無事、冥菓道継承事始と相成った場に勢揃いした、#菓子司美与志かしつかさみよしのあやかしの面々に、美美は満面の笑みで応えた。


 そこに、幼なじみのたくみが、美美の父の姿を見かけた人がいるとの報せを持って駆けてきた。

 工は、美美のそばに立つすずろを見ると、誰だったかなと首を傾げた。

 美美がどう説明しようかと迷っていると、すずろはすっと一歩進んで工の前に立った。


「美美さんの許嫁いいなずけの美与志すずろと申します。いずれ菓子司美与志を継ぐことになります。今後ともよろしくお願いいたします」


 美美は両手で口をおおって目をしばたたき、工はぽかんと立ち尽くし、菓子司美与志のあやかしたちは、驚きのあまり声も出せずに顔を見合わせた。

 

 これから、にぎやかになりそうだ。




 了






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