第六話 神ではなくてあやかしです

 あやかしの青年自称・朧桜の君は、今まで美美みはるが見たことのあるあやかしの中では、一番の美形だ。


 髪を抜いたこと以外は、決して乱暴ではないし、物腰もやわらかい。


 見惚れてしまう細腰だが、意外に筋肉はしっかりとしているのを、抱きしめられた時に美美は感じていた。


 そうはいっても、あやかしなので、着流しを依代に人の形になっているのだから、もし違う衣服を依代にして形を成せば、抱いた感触も違うのかもしれない。

 そう思うと、たよりないことこの上ない。

 けれども、美美は、このあやかしの青年は、どんな依代であろうと、美美好みに変化してくれるのではないかと、なぜか思えて仕方なかった。


 現実には、人外であることには変わりはないので、人間社会でのように結ばれて、添い遂げるといった具合にはいかない。

 共にいたいと思うのなら、美美が冥菓道の継承を決心してこの家で修行を始めれば、冥菓と関わりのありそうなこの青年に、そばに居続けてもらうことはできるのかもしれない。


 そこまで思い浮かべて、美美は我に返った。


――つきあうとか、そういう対象ではないのに、何考えてるの自分――


 あやかしに主導権を握らせてしまってはだめだと、平素は仲良く楽しく過ごしていても、ここぞという時にはちゃんとしろと、祖父が父を叱責していた光景が蘇ってきた。


 彼に目が眩みかけたのは、主導権を握らせかけたということだ。


 これは、まずい。

 

 肝心なことはまだ何もわかっていないのだ。


 美美は、もう一度、あやかしの青年にたずねた。


「もう一度きくけれど、あなたは、だれ。うちの家守いえもり店守みせもりではないわよね」


「朧桜の君では、だめですか」


 なだめるような声色に、美美は、ちょっとひるんだが、すぐに気を取り直して強く言った。


「だめに決まってるじゃない。いくらあやかしに寛容な土地柄だからといって、出所がはっきりしないければ、人は不安になるわ。あなた、まさか貧乏神じゃないでしょうね」


 美美の思わぬ反撃に、


「こんな美しい貧乏神はいないと思いますが。それに私は、神ではなくて、あやかしです」


 美美の失礼な発言を、彼は涼しい顔でするりとかわした。


「自分で自分のこと美しいとかって……」


 美美は、言い合っているうちに口がからからになってきて、思わずまたお茶を飲んでしまった。

 お茶を飲むと、次は甘いものが欲しくなる。

 菓子折から残っている草もちを、黒文字で突いて口に入れた。


「残しておいても、冷蔵庫じゃ固くなって美味しくなくなるから」


 言いわけのように口にして、美美は草もちを食べ続ける。


「ラップしてレンジだと、時間がたつとやっぱり美味しくなくなるし」


 継ぐ気はないものの、和菓子の美味しさの旬にこだわりのある美美は、レンジでチンする文化をひそかにいとっていた。

 都会での一人暮らしでも、オーブントースターは買ったが、レンジは買わなかった。


「美味しそうに召しあがりますね。こしらえた方もさぞお喜びでしょう」


 美美は、一つ、また一つと口に入れていく。


よもぎは風味がいいし、餅菓子との相性がいいから、うちでもよく作っていたわ。自分たちで食べる用のは、摘みにいったのよ、春先に」


 甘いものを胃に収めていくうちに、美美は気分が和んできた。


「そういえば、小学校の時に、校外学習で御年始おねんし参りに明神さまに行って、神主さんのお話を聞きながらいただいたんだった。その時から忘れられなくて、蓬の香りと、なめらかなあんこの舌ざわり」


 うっとりと語る美美の様子に、自称・朧桜の君はにこにこしている。


「美美さんは、チョコレートやケーキより、和菓子がお好きなのですね」


「そうね、甘いものは、ケーキもチョコもクッキーも好きだけど、和菓子が一番好きかな、昔から」

 

 父の珍妙な発明菓子よりは、おもちにあんこといった普通の和菓子が、普通に美味しかったのだ。


「草もちに蓬を使う理由はご存知ですか」


「え、と、それは中学の総合の授業で、和菓子と植物についてレポートを書くのに調べたわ」


「興味深いテーマですね」


「まあ、確かに、調べてて面白かった。草もちや桜もちなんかを、レポートを書くという名目で食べ比べできたし。草もちは自分で作る時に、蓬の突き具合を変えて作ってみたりしたっけ」


「そうですか。やはり素質が……」


「素質?」


「和菓子作りの素質です。さて、では、お聞かせください、蓬を使う理由を」


「朧桜……の君、あなただって知っているんでしょ、和菓子屋に出没するくらいなんだから」


 美美は、すんなりとは答えようとはしなかった。


「中学時代の美美さんが、一生懸命調べたことを、知りたいのです」


 自称・朧桜の君の声は、熱と真剣味を帯びていた。


「お、おかしなこと言わないで……」


「おかしいですか」


 こくびをかしげて微笑まれて、美美は、本日何度目かのどきりとした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る