意外な盲点
汗を顔いっぱいに浮かべてギルドに帰ってきた僕たちを唖然として迎えてくれたミオさんにタオルをもらって、僕はロウさんみたいにソファに横たわった。カムイさんはもう追ってきていなかった。そもそも
「その顔だと収穫はいまいちだったな」
ロウさんの顔はすぐにわかるくらいほっとしている。巻きこまれなくて済んだと思ってるみたいだ。
「二つ名持ちが簡単に攻略できたら苦労なんてないですよね」
でもいろいろとヒントはもらった。直接目を見なければいいこと。距離を詰めれば戦えること。それから思ったよりこちらに敵対意識がなかったこと。それらを組み合わせればもしかして方法が見つかるかもしれない。
「それなら
「だめ。そんなことしたらえれなおねえちゃんのてがやけどだらけになっちゃう」
一度使っただけで手のひらが全部真っ赤になっていた。そんな魔法を何度も使わせられない。あの霧があればどのくらいまで近づけるかもわからないし。
「我ができればいいのだが」
「難儀なことだな」
「できねぇことにうだうだ言うな。俺らには俺らの強みがあるだろ」
それは何? とみんなでロウさんを見る。ロウさんは頬の内側を舐めたと思ったら、何も言わずにソファに丸くなった。まったく言うだけ言ってこれなんだから。
「そうだ。めをつむったままたたかえばいいよ」
氷雨ちゃんが名案、とばかりに手を合わせた。確かにそうすれば目を見ないで済むかもしれないけどさ。
「それじゃ戦うどころか歩けもしないよ」
人間が処理している情報のうち七割は視覚、つまり目から入ってきた情報だと聞いたことがある。それだけ脳の容量を使うってことは人間は目に頼って生きているということでもあるのだ。一度福祉体験でアイマスクをつけたまま校内を歩いたことがあるけど、何もない廊下だってわかっていても怖くてまったく前に進めなかった。
薄暗い
「いや、別にそのくらい余裕だろ」
でもそう思っていたのは僕だけみたいで。
「そうですね。盲点でした」
「私も問題ない」
「我もそのくらいなら簡単だぞ」
当然のように大丈夫という答えが返ってくる。そういえば
「やっぱり氷雨ちゃんもできるの?」
「できるよー」
あぁ、やっぱり。できないのは人間である僕だけみたいだ。鼻や耳や他の力でみんなは自分や周りをちゃんと認識しているのだ。そういえば普段から薄暗い
「でもそれなら
目をつむったまま戦うだけで倒せるなら何人も被害が出る相手じゃないような。
「
「
「でも近づくだけで危険なんじゃ」
「その
ミオさんが僕の手をとった。それに対抗するようにロウさんが僕の頭を乱暴に撫でつける。
「お前は
「仲間、ですか」
人間と亜人とが手を携えて
誰も成しえなかった二つ名持ちの攻略法は意外なところに隠れていた。
「よし、決まったな」
ロウさんが遠吠えを上げる。その口をミオさんがすぐさま両手でふさいだ。
「近所迷惑です」
「いいだろ、こういうときくらい」
なんだか締まらないけど、ここではそれがちょうどいい。きっちりと型にはまった人はゴミ捨て場に捨てられることなんてなく、必要とされた場所で生きている。僕たちはそこから外れたところでこうして身を寄せ合って強く生きているのだ。
「必ず勝ちましょう」
「あぁ、全員無事でな」
基本理念は忘れずに。僕たちは全員無事で帰ってくる。それで初めて勝利なのだ。
ギルド全員で
「他の方もそうですけど、特にロウは無茶厳禁ですからね」
「なんで俺なんだよ」
「今日は妙に気合いが入ってるからです!」
いつもは気だるそうなロウさんが今日はあくび一つ浮かべていない。きらきらと光るくらいにまでブラシを通した髪が揺れている。そう思うと勇さんの羽織も新品みたいにきれいだし、エレナさんのグローブもなんだかいつもと違う気がする。これから特別なことをするというのが目に見てとれるほどだった。
そんな気合いの入っていることがありありとわかるような格好で受付に行ったんだから、そりゃぽちさんに見咎められるのは仕方のないことだった。
「六階層は立入禁止ですよ」
「何だよ藪から棒に」
「ロウさんが直々に出向いてきておいて藪も棒もないですよ」
誰が見ても
「安全第一。いつも通りです」
「ミオさんまで。だったら五階層で帰ってきてくださいよ」
ぽちさんは僕らの探索登録をしながら肩を落とした。心配してくれているのは本当だからちょっと悪い気もするけど、やっぱり僕は止められないのだ。
「心配いらねぇよ。デッカイ
「ってやっぱり行くんじゃないですかー!」
ぽちさんの虚しい声が受付窓口に響いた。
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