剣をとる理由

 医務室を出てギルドに帰ろうと駅舎を出たところだった。心配しておぶって帰ろうと言い出したロウさんからちょうど逃げ回っていたところに、冒険者受付から出てきたぽちさんに呼び止められた。


「大丈夫ですか? 無事に帰ってこられたようでほっとしました」


 思っていたより僕が元気だったからずいぶんとほっとしたんだろう。今にも泣きだしそうだった顔が緩んでいくのがわかった。


「だからあんなの無理だって言ったんです!」


「そう言ってやるな。ぽちが決めてるわけじゃねぇんだ」


 顔を見るなり食ってかかったミオさんをロウさんが止める。いつもとは逆の珍しい光景だ。いつもは耳を引っ張られているロウさんがミオさんの肩に手を置いて抑えている。種族の違いは明らかで、それだけでミオさんは一歩も前に進めなくなる。その代わりギルドの財布をしっかり握ってくれているんだから適材適所というやつだ。


「当面六階層は立ち入り禁止になる予定です。二つ名持ちの行動予測も見直さなくてはいけませんし」


 たまには訓練士ドクトルに休んでもらって調査士エピセオリテが仕事をしなくてはいけませんし、とぽちさんは笑った。


「妥当だろうな。命知らずはそれでも乗り込むかもしれぬがな」


 そういえば今日だって侵攻許可をもらっていない勇さんと氷雨ちゃんも六階層に入ったのになんのお咎めもなかった。そもそも下りるときも何か検査があったわけじゃない。あくまで目安だ、と言っていたように危険な場所に下りるなら自己責任ってことなのだ。


「みなさんもこれがチャンスだなんて思わないでくださいね」


 ぽちさんが言うと同時にみんなが一斉に目を逸らした。まったく嘘をつくのが苦手な人たちばかりだ。ぽちさんはもう諦めているのかそれ以上何も言わないまま受付の方へ戻っていった。


 みんなの考えていることはわかる。だって僕と同じだろうから。

 また十一階層まで戻られたら倒しに行くことなんて今の僕たちには不可能なのだ。

 倒すなら、今しかない。


「叶哉」


 短く名前だけを呼ばれた。ギルドリーダーが奴隷に決断を委ねた。だったら、僕の答えは一つしかない。


「行きます」


 今の気持ちは負けたくない、というのが一番強かった。勝てば帰ることができるとか、お金がたくさん入るとかそんな気持ちよりも先に心に広がったのは油断から一度負けたという悔しさだった。


「いい目をしている。剣士の目だ」


 満足そうに勇さんが僕を見た。得物は違えど同じ剣士として認めてくれたってことなのかもしれない。でも僕が目指すところは勇さんの新選組とはまた違う場所にある。


「でも剣士じゃなくって、僕は騎士なんです」


 僕の答えに勇さんは不思議そうな顔をしている。それはどう違うんだ、とでも言いたげだった。刀と両手剣では東西で違うというくらいしか思っていないかもしれない。でも意味が分かっているロウさんだけは恥ずかしそうに顔を背けた。


 そうは言ったけど、正直に言ってまったく打開策は浮かんでこなかった。相手はかなりの距離から目を見ただけで倒してくるほどの相手。あのときの奇跡みたいな衝撃波ならまだしもちょっとした風圧くらいじゃあいつの魔眼の外から攻撃なんてできない。もっと別の方法を考えないと行ったところでまた返り討ちに遭うだけだ。


「そういえばあのときの炎って」


 氷の魔法は氷雨ちゃんだった。炎は右から飛んできたんだからエレナさんか勇さんってことになる。火蜥蜴サラマンダーならそれも可能なのかもしれないけど、それならどうして今まで使わなかったんだろう。


「あれは我ではない。礼はエレナに言ってやってくれ」


「エレナさんが?」


 拳闘士だったって聞いていたし、実際戦闘も素手でこなしていたから勝手に魔法は使えないと思い込んでいた。


「魔法も使えて戦えるなんて。エレナさんってそんなに強いんだ」


「別に大したことができるわけじゃない。ただ私に課せられた宿命だ」


大猿コングは炎に耐性があるわけではないからな。魔法と同時に自分も傷つくのは仕方ない」


 そういえば氷雨ちゃんに氷をもらって冷やしていた。あれはそういうことだったんだ。それならできればエレナさんの魔法には頼りたくない。でも氷を使ってもらったとしてやっぱりいい案は浮かばなかった。


「叶哉は不思議に思わないのか?」


 ギルドの戻る道すがら、勇さんは僕の耳元でささやいた。急にそんなことされると驚いちゃうんだけど。


「なんのことですか?」


「いや、その、我が炎を出せばいいと思わないのか?」


 そういえば火蜥蜴サラマンダーなんだよね、勇さんって。出会ったときからずっと剣の道一本って感じだったから思ってもみなかった。むしろ火蜥蜴サラマンダーって炎の魔法が使えるんだ、くらいだ。


「勇さんは使えない、ってことですか?」


「知らなかったのか!? いや、誰も言わないだろうが」


 ゴミ捨て場トラッシュドリフトのみんなはどこかから追い出されてきた人たちだってことは聞いている。だからみんなの事情はあまり深く聞かない癖がついていた。でも勇さんから話してくれるなら、僕はちょっとくらいは信頼されていると思ってもいいのかもしれない。


火蜥蜴サラマンダーは本来もっと宗教的な役割を持つ種族でな。たいていは教会や寺や神社にいるものだ」


 波乙女ウンディーネ土鬼ノーム風旅人シルフと並んで宗教職の強い種族である火蜥蜴サラマンダーは神父、宮司、巫女といった仕事に就くのが普通で、シンプルで強力な魔法使いでもあることからときどき訓練士ドクトルになる人がいるくらいのものらしい。


 もちろん魔法使いだから仕事は氷雨ちゃんのような後方待機、死霊ファントムと出会ったときの切り札というところで、勇さんのように刀を振るって前線に出ることはない。


「魔法が使えない火蜥蜴サラマンダーは価値がない。高温で敵を討つという純粋な力が崇められているからな。私に居場所なんて元よりなかったのだ」


 だから、勇さんは自分の拠り所に刀を選んだのだ。魔を斬る刀や剣は霊的な力を持つ。それが扱えるのなら自分もまた火蜥蜴サラマンダーの資質があるってことなのだ。それでも同族には認めてもらえなかったらしい。


 そして今は僕と同じようにゴミ捨て場トラッシュドリフトにいる。それは他でもないロウさんが自分と同じところを感じて受け入れてくれたからだ。みんなと違うところがあっても寄り添いあって生きていける。それを証明するためにここに身を寄せ合っているのだ。


「刀は私の生き様そのものだ。だから誰にも負けたくない。叶哉、お前にもだ」


「その気持ち、今はわかります」


「お前も剣士になったからだな。いや騎士、だったか」


 剣を取るなら誰よりも強くなりたい。それはきっと戦う人すべてに共通する気持ちなのだ。たとえどんなに怖くても遠くても目指すという心だけは一致している。


「そうだ」


 それならもっと強くなれるところに行こう。僕一人だとちょっと不安だったけど、勇さんが一緒なら少しは気が楽になるかもしれない。


「これから行こうと思っている場所があるんですけど、よかった勇さんも行きませんか?」


「あぁ、構わないが。いったいどこに?」


闘技場コロッセオです」


 戦いについて聞くならあの人が一番に決まっている。問題は相談したところで無理難題が返ってきそうっていうところなんだけど。

 期待と不安が半々のまま、僕は少し先を行くロウさんたちを追いかけてギルドへと戻った。

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