祝勝会は不思議な歌とともに
ギルドに帰ってくると先に戻っていたみんなが一気に飛び出してきて手荒な歓迎を受けた。天井が高かったらそのまま胴上げでもされそうなくらいの勢いだ。
「よし、ちゃんと無事だな」
「とりあえず手当の準備はありますが、必要なら
「みんな見てましたよね?」
あんなに大きな声で応援してたんだから僕が勝ったのもちゃんと攻撃をかわしてたのも知っているはずなのに。
「いや、甲冑を着ていたから偽物かと思ったぞ」
「そんなわけないじゃないですか!」
みんな揃ってひどいことばかり言って。ちゃんと安全第一で戦って、しかも勝ってきたっていうのに全然信用がないんだから。でもこうして心配してくれて喜んでくれるギルドにいる僕はとても幸せ者なんだ。だからみんなの期待にも応えたいと思える。
「私も勝つとは思ってもいなかった。叶哉も成長しているということだな」
「僕だって
実際あの恐怖と戦う経験は思っていた以上に僕を成長させていたのだ。あの中にいる
でももしも
「それじゃ、今日は祝勝会だな」
「肉か? ケーキか!?」
僕より勇さんの方が興奮している。でも勝ったおかげで賞金ももらえたし、贅沢したっていいくらいだ。ギルドの生計が安定するならときどき出てもいいのかもしれないと思ってしまう。
「いつものところでいいな」
「まるで何度も行ってるみたいに言わないでください」
ミオさんが遠い目で言ったところを見ると、なかなかない相当な贅沢なんだろう。無理してなきゃいいけど、と思いながら、みんなについて近くのレストランへと向かっていった。
翼人の
お店の中は肉の匂いが充満していてすっかりお腹が空いていた僕の体が食べることを求め始める。それはみんなも同じだったみたいで案内された席につくなりメニューの端から注文していく。
「大丈夫なんですか?」
「叶哉の賞金があるからな。ミオが計算してるから大丈夫だろ」
「それなら安心ですね」
「おまかせください。しっかり規制していきますから」
ミオさんの目が光る。今日くらいはお腹いっぱい食べても罰は当たらないと思うけど。注文を受けた店員さんについて氷雨ちゃんがふらりと立ち上がる。そのままカウンターの前に立つと中に向かって手を振っている。
「ぴーちゃん、きたよ」
「ひさめきた、ひさめきた」
ぱたぱたと翼が振られる。両腕が翼の小さな女の子がカウンターから出てきて氷雨ちゃんに抱きついた。年相応という感じで氷雨ちゃんと歳も近いのだろう。氷雨ちゃんは見た目はお姉さんだから親子くらいに見えなくもないけど。
「お友達?」
「そうだよ。ぴーちゃんおうたがうまいんだよ」
氷雨ちゃんはピーと呼ばれた女の子を抱きながらお店の一画を指差した。その先には小さなステージが設けられ、今はマイクスタンドがあるだけで静かに出番を待っている。
「それは楽しみだね」
「
そういえばときどきどこかにふらりと遊びに行くときがあるけど、どうやらここに遊びに来ているらしい。ギルドには同年代の人はいないから近くに友達がいるのはいいことだ。
給仕のお姉さんも
並んだのは肉、肉、肉。串に一口大に切ったお肉を刺して焼くシンプルな料理だ。焼き鳥に似ているけど、鶏肉だけじゃない。間にちゃんと野菜も入ってはいるんだけど、比率は八割お肉って感じだ。
「肉だ、肉が食えるぞ!」
「おぉ、食え! 叶哉に感謝しろよ!」
見るからに肉食っぽいロウさんと勇さんのテンションは秒刻みで溢れ出ていく。時間も時間だし、レストランと言っても大衆酒場っぽい雰囲気もあって大声を出しても大丈夫そうだけどさ。試合のときもそうだけど二人は恥ずかしくないんだろうか。
僕はふと気になって、ミオさんの脇に置いてあったメニュー表を手にとった。
「何か食べたいものがありましたか?」
「いえ、ちょっと気になって」
ここのレストランでも使われている食材はきっと
「やっぱりさつまいもが多いんですね」
日ごとに変わるためかメニューには『数量限定』とか『売切御免』とか『時価』という文字がたくさん並んでいる。定番として紹介されているのはふかしいもだとか焼きいもだとかギルドの食卓に並ぶメニューばかりだ。
「他の食材は
「そうですよね。お店も大変だなぁ」
お肉だってうちのギルドじゃめったに食べられないことを考えれば深層階でとってきたものを買い取っているってことだ。相当値が張ってもおかしくない。
「あ、もうほとんどない!」
メニューからテーブルに目を戻すと、あんなにたくさんあったお肉の山がもう半分を切っている。僕も慌てて最初の一本を手に確保すると店内の照明が落ちて、ステージの方にスポットライトが当たる。
「ぴーちゃん、おうたうたうの」
スポットライトの中に千鳥足でピーちゃんが躍り出る。人気者みたいでそれだけで客席から歓喜の声が続々と上がってくる。側にあったピアノからゆっくりとしたメロディが流れ、幼い声からきれいな旋律が生まれ始める。氷雨ちゃんは小さく手拍子しながら体を揺らしている。僕もなんだかそれに合わせて体揺れて。
「あれ?」
なんだか頭がクラクラする。周りのお酒の匂いで酔っちゃったのかな。目の前が歪んで、みんなが三人ずついるように見える。机に額をぶつけたような気がするけど、それが夢なのか現実なのか、僕にはもうよくわからなかった。
「叶哉さん? 大丈夫ですか?」
「あれ、ここは?」
「かにゃおにいちゃんのおへやだよ」
僕が目を覚ますと、ギルドの二階、僕のベッドに寝かされていた。
「すまねぇな。
「そうだったんですか。運んでもらってすみません」
「何度ここまで抱えてきたと思っているんだ。気にするな」
それはそれで嫌な記憶なんだけど、それよりも今気になることは。
「僕一本もお肉食べてないんですけど!」
「あー」
そういえば、とロウさんの視線が何故か勇さんの方へと移る。
「我だってそのくらいの自制心はあるぞ!」
勇さんが差し出した懐かしいプラスチック製のタッパーにお肉がいくらか入っている。串には刺さっていないけど、確かに久しぶりのお肉だ。
「食べます! すぐ食べます!」
「氷雨がちゃんと保存してくれますから明日にしましょう」
「そうだぞ。せっかくの肉なのだ。万全の体調で食べないと後悔するぞ」
そう言われて僕はまたベッドに体を倒す。
「また剣闘で勝って食いに行くか?」
「絶対に許可しませんよ」
「俺もだ。お前が復帰すればいいんじゃないか?」
ロウさんが冗談めかして笑う。実際にそう言いだしたら一番必死になって止めるんだろう。次にたらふくお肉が食べられるのは僕がしっかりと
祝勝会の翌日、僕はすっかり元気になって朝から昨日のお肉を温めてもらって食べた。今までは毎日当然のように食べていたお肉がこんなにおいしいと思えるなんて。気合いもしっかり入れて今日からまた迷宮探索、そしてもっと強くなろうと誓ったところだったんだけど。
「今日は
いつものようにソファでだらけているロウさんの声に元気がない。よく見ると向かいのソファではいつもはしっかりと座っている勇さんが同じようにだらりと寝転がっている。
「どうしたんですか?」
「昨日の酒が今になって効いてきた」
僕が寝てしまった後も疲れただけだと思って寝かせたまま結構飲んでいたらしい。エレナさんもどうやら部屋で倒れたままみたいだ。久しぶりの外食で嬉しかったんだろう。僕の勝利を祝ってくれたということにしておこう。
飲んでいなかったらしいミオさんと氷雨ちゃんは薬湯代わりのハチミツ湯を配り終えて一息ついている。
「まったくだらしがないですね」
「だらしがないです!」
ミオさんの真似をしてから氷雨ちゃんは僕にもハチミツ湯を渡してくれる。コーヒーよりは甘くて飲みやすいからありがたい。ほっとした温かさとほのかな甘さが動き詰めだった体に染み込んでいく。
「じゃあ今日はカムイさんのところに練習に行こうかな」
一日振らないと剣は鈍っていくって言っていたし。昨日の事情を話せば、少しくらい手加減してくれるよね? 無意味な期待を胸に、僕は練習用の剣をとりに部屋に戻った。
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