興行師のおしごと
「どうだった、ってどうした?」
千本素振りの後、さらに相手を常に見続けることを意識づけるためにカムイさんの恐ろしい速さの寸止めをエレナさんに首をつかまれたまま見続けて、僕はようやく解放された。ギルドに戻ってくる頃にはもう頭も体も限界なんて超えていて、ロウさんが入り口の前で
氷雨ちゃんは相当退屈だったみたいで帰ってくるなりミオさんに抱きついて甘えている。
「明日も、教えてもらえることになりました。本当の基礎からですけど」
「良かった、んでしょうか? やっぱりエレナの仲介って不安なんですけど」
強くなれそうなことは間違いないけど、その前に僕の体がもたなくなるかもしれない。カムイさんは丁寧なんだけど笑顔のまま恐ろしい特訓を平然とやってくるから混乱してしまう。強くなれそうだけどさ。
「それから、三日後の剣闘試合に出ることになった」
「お前がか?」
「叶哉がだ」
「おい、こら! なんでそうなったんだよ!」
ロウさんが
「心配するな。模造剣での前座だ。相手は
それを聞いてロウさんが掴んでいた手を離す。エレナさんは乱れた服を直して、ロウさんが寝転んでいたソファに先に座った。模造剣でも僕みたいに両手剣相手なら危険かもしれないけど、防具をつけて軽い
「それにしたって叶哉を見世物にするってのは」
「すみません。僕のせいで」
「別に叶哉が嫌がってないならいいけどよ」
僕が謝るとロウさんはちょとバツの悪そうな顔で元いたソファに戻る。もう半分はエレナさんに占拠されていて渋い顔で隣に座った。
「それで、勝算はあるのか?」
「万に一つもないだろうな」
そこまできっぱりと言われると、さすがにショックなんですけど。
「そんなに強い人なんですか?」
そういえば達人は見ただけで相手の強さがわかる、みたいなことを漫画で読んだことがある。エレナさんにもそんな力があるのかもしれない。だったらやめてほしかったんだけど。
「当たり前だろう。相手は仮にも
いつもの決まり文句で締めたエレナさんは氷雨ちゃんが今日は甘えているので、手元にコーヒーがない、とカウンターを漁りに行った。
まぁ、僕だってそんな簡単に勝てるとは思っていなかったけど、戦ってみろっていうくらいだから何か勝機があるのかなんて期待していた。そもそも今まで不通に日本にいた頃は剣どころか誰かに向けて暴力なんて振るったことがない。そんな僕が試合とはいえ他人と傷つけ合うことは簡単なことじゃない。
「絶対にケガさせるなよ」
「そのときは私が割り込んででも止める」
「なんなら我も行ってやるぞ」
そんなに心配なんですか、と僕は心の中で溜息をついた。助けてくれるのは嬉しいけど、仮定の段階からもう僕が負けること前提で話が進んでいる。嘘でもいいからちょっとくらい期待してくれてもいいんじゃないかと思えてしまう。
「そういえば
「当然だ。修行の一環だからな」
「そうか。まぁ
「僕がケガする前提で話をするのやめてください」
今から腕や足が痛くなってきそうだ。それはたぶん筋肉痛だから冷やした方がいいかな、と思っていると急に後ろから氷雨ちゃんに抱きつかれた。冷たい体が痛む体に気持ちがいい、ってそうじゃなくて。
「どうしたの?」
「みおおねえちゃん、うごかなくておもしろくない」
そう言われてさっきから少しも話に入ってこなかったミオさんを見る。そういえば一番反対しそうな人なのに、と思っていたらミオさんは椅子に座ったまま青ざめた顔で遠くを見ていた。氷雨ちゃんに冷やされたからってわけじゃないだろう。いったい僕がどんなに悲惨な目に遭う想像をしているのか。できれば聞きたくない。
「そんでエレナ」
「なんだ?」
「その試合、いくらもらえるんだ?」
湿布代わりに氷雨ちゃんを膝に乗せて僕もソファに座る。見た目は普通の成人女性だからやっぱりこうしてくっついているとちょっと緊張するなぁ。
「何の話だ?」
「お前
あー、とエレナさんは今思い出したのがありありとわかる声を漏らす。そういえば最初にそんなことを言っていたような気がする。
「それってどういう仕事なんですか?」
「ギルドで
自分に言い聞かせるようにエレナさんは上を向いたまま答えた。暗くなってきたから、そろそろランプに火を灯した方がいいかもしれない。ランプって言ってもキャンプで使うような現代のものだから扱いも簡単だ。
「明日、カムイときちんと相談しておく」
「売られたケンカを買わされたんだから高めにふんだくってこいよ」
仮にも旧友に無理を言って僕の練習に付き合ってもらっているのに、ロウさんは結構無理なことを言う。困った顔をしているエレナさんを見るとこんなに美人でいい人がどうしてあんな姿で
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