優しき瞳の剣鬼

「仲介って、大丈夫か?」


 ロウさんも僕と同じことを思っているみたいで、声がちょっと震えている。


「叶哉のためだ。それに一人だけ頼りになる心当たりがいる」


 エレナさんの心当たりってなんだろう。あんまり人づきあいが良さそうには見えないからますます不安だ。ちょっと周りに目を向けてみたけど、ミオさんも勇さんも、一番仲が良さそうな氷雨ちゃんすら笑っているような怖がっているような中途半端な表情をしている。やっぱり不安なんだ、みんなからしても。


「そんな顔をするな。午後にでも行ってみるか?」


「はい、じゃあよろしくお願いします」


「ひさめもいく」


 氷雨ちゃんが僕の袖を引く。さすがに迷宮ダンジョンより危険なことはないだろうけど、一人でも多くいてくれると心強い。


「君たちは私をなんだと思っているんだ」


 だったらもうちょっと心を開いてくれてもいいと思うんだけどなぁ。そう言いつつもやっぱり一番頼りになるエレナさんに僕はついていくことにした。


 ギルドから百貨店とは逆の方向に歩いていく。こっちは元々は住宅街だったみたいで今は崩れかかった一軒家が並んでいるばかりだった。人が住んでいるところも何軒かおきにあるみたいだけど、それほど多くはない。その間を抜けるように進んでいくと、急に時代が変わったように感じた。


「城跡?」


 古ぼけて支柱が錆びてしまった看板には川越城跡まで一〇〇メートルと書いてあった。


「城跡。そういう名前で呼ばれてはいるな」


「じゃあ今はなんの施設ですか?」


闘技場コロッセオだ。剣闘や亜人プルシオスの拳闘をやっているところだ」


 剣闘といえば昔海斗さんが戦っていたっていうところだ。ここで人間たちが斬り合いをしている姿を見世物にしているっていう話を聞いた。そんなところでいったい僕に何をさせようっていうんだろう。僕の不安はどんどん大きくなってくる。


「えれなおねえちゃんはここでたたかってたんだよね?」


「そうなんですか!?」


 そういえばエレナさんって闘技場の経歴があるから深層階にも行けるって言ってたっけ。それがどうしてゴミ捨て場トラッシュドリフトなんかに来たんだろう。やっぱり謎の多い人だなぁ。


「昔の話だ。気にすることじゃない」


 エレナさんは驚いている僕に短くそう答えて、そのまま城下町から城内だった方へと向かっていく。すると今までほとんど見なかった人間が草むらや道端にたくさん目につくようになった。蔵造りの通りでは一度も見なかった人間がこんなにも集まっている。亜人プルシオスの姿はほとんどなくて、なんだか元の池袋に帰ってきたみたいだった。


「人間ってこんなにいたんだ」


「ここは闘技場コロッセオのそばだからな。剣闘に借りだされている奴隷スクラヴォスたちがこうして練習しているんだ」


 言われてみれば練習している人たちが持っているのは魔剣アリシアではなくて、ただの木製や金属製の武器みたいだ。もう五十人くらい見ただろうか。誰もみんな鬼気迫る表情で思い切り武器を振り回している。


 僕はきっと迷宮ダンジョンでもあんな顔をしたことはないだろう。もっと恐れているかみんなに守られて安心しているか。魔剣アリシアを持たなければ永遠に川越からは出られない。それが僕の目の前に現実として突きつけられている。


「こっちだ」


 エレナさんに案内されるがままに僕は道なりに進んでいく。すると一見するとお城には見えない平屋建ての建物が見えてくる。これは確か教科書で見た覚えがある。川越城の本丸御殿だ。焼失してから再建したもので残っている川越城の建物としてはメインになっているはずだ。


 エレナさんに続いて、本丸御殿へと入っていく。立て看板が掲げられて『剣と拳ソード・ナックル』と書かれてあった。どうやらここもギルドの一種みたいだ。うちの何倍の広さがあるんだろうかという回廊を抜けて、一番奥の座敷まで寄り道もせずに進んだ。


 元は観光資産として使われていたみたいだけど、亜人プルシオスたちが住むようになってからはどうやらそんな使い方はされていないらしい。庭は荒れ放題だし、掃除もあまり行き届いているようには思えない。電力が極端に不足している今の川越では掃除も簡単じゃないのかもしれないけど。


「ギルドってたくさんあるんですね」


「ここは拳闘ギルドだ。亜人プルシオスの戦いを見せて興行をしているギルドだな」


 ギルドって今までは冒険者ギルドしか知らなかったけど、元々商業組合って意味だから当然他の職業別のギルドもあるのだ。それにしても元々お城だったところを使わせてもらえるくらいなんだからかなり大きなギルドなんだろう。


 最奥の襖を開けると、一人の男の人が振り返った。拳闘って聞いていたから筋肉隆々の亜人プルシオスがいるのかと思ったけど、なんだか線の細い体をしている。表情もなんだか柔らかで図書館で司書さんとか本屋の店員さんをやっていそうな雰囲気だ。でも頭から生えた曲がった角が彼が亜人プルシオスであることを証明している。


 少し驚いたように目を見開いた男の人は、エレナさんの顔を認めて優しく微笑んだ。それと反比例するようにエレナさんの顔が面倒そうな表情に変わる。まるでロウさんが乗り移ったみたいなエレナさんの顔を僕は初めて見たような気がする。


「カムイ、やはりここにいたな。都合がいいやつだ」


「エレナ。久しいじゃないか。その人間は?」


「うちの奴隷スクラヴォスの叶哉だ」


 エレナさんは僕の肩をぽん、と叩いた。ギルドにいるとめったにそうは呼ばれないからなんとなく慣れない気がして少し戸惑ってしまった。ここは川越なのだ。存在する人間は二種類しかいない。奴隷か解放奴隷か、だ。


「今はゴミ捨て場トラッシュドリフトにいるんだったな。それでどうかしたのか?」


「こいつに剣術を教えてほしいんだ」


 え、と声がこぼれそうになるのを僕はすぐに飲み込んだ。優しそうな雰囲気だったから事務のようなことをしているのだと勝手に思っていた。僕と視線が合う。その目に力がこもって、もう目を逸らすことはできなかった。


 神秘的な目が開かれて、僕の頭の先から足の先までじっくりと視線が滑らされていく。気が遠くなりそうになるのを歯を食いしばって我慢した。何分、いや何秒かだったかもしれない。長く短い時間が過ぎて、ようやく僕は解放された。


「なかなかいい目をしている。得物は?」


両手剣ツヴァイハンダーだ」


短剣ダガーや小太刀が似合いそうな体をしているが」


「うちのギルドにはデカい魔剣アリシアしかないんだ。使えるようにしてやってくれ」


 カムイさんは少し悩んでいるように首を捻ったけど、すぐにわかった、とだけ言って、隣の襖を開ける。すぐに戻ってきたカムイさんの手には普段僕が背中にかけているのと同じくらいの大きな剣があった。


「とりあえずこれでやってみよう」


 ひょい、と軽そうに渡されて油断していた。僕の相棒ほどじゃないけど、こっちも相当に重い。ちょっとやそっとじゃ振り回せるようにはならなさそうだ。

 きっとひどい顔をしている僕を見て、カムイさんはちょっと困ったように頬を掻いた。


「当面は基礎トレーニングからかな」


「よ、よろしくお願いします」


 やっぱり戦う練習がそう簡単にうまくいくはずがない。同じ両手剣ツヴァイハンダーを軽々と抱えて回廊を進むカムイさんについて、僕は必死にその後を追って外へ出た。

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