剣を持つという責務
いつものように百貨店に行き、デパ地下に開いた穴から
最初は変だと思っていたのもだんだんと慣れてきて、デパ地下とはこういうものだと認識がすり替わりそうにすらなっていく。僕が普段行っていたお店の地下にももしかしたらこんな
ぼうっとなんてしていられない。ここからは明確な敵意を持った相手がうろついている場所なのだ。
「さて、今日の目標は」
「我は甘いものが食べたいぞ。朝から頭を使う話だったからな」
別に何もなくても勇さんは甘いものが食べたいって言っている気がするけど。なにが手に入るかはその日の運次第だから応えられるかどうかはわからない。
「六階層までいってみるか?」
「だめ! それはひさめがきんしする」
こっちはこっちで嘘か本当かわからないことを言っている。魔眼の
「僕一人でも
「ん?
「
まずは目の前の敵から一歩一歩。小さくても確実に。それが僕たちのやり方だ。気の遠くなるような長い道のりでもそうやって解決していけばいつかゴールに辿り着けるはず。僕は両手で頬を叩いて恐怖を顔から追い出す。
「危なくなったらすぐに助けに入るから思う存分やるといいぞ」
「はい、お願いしますね」
頼れる先輩冒険者に背中を守られながら、僕は初めて先頭を歩いて
結果としてはどうしようもなかった。
重くて動かない
わかってはいたけど素人がいくら剣を振ったところでそれは攻撃と呼べるものですらない。ただ剣がよろよろと空気をかき混ぜているだけだ。攻撃と呼んでもらうにはどうしたって練習が必要だ。
「僕はまだ持ち主として認められてないんですかね」
「まぁ、素人が持つと剣は応えようもないだろうな」
確かに勇さんの言うとおりだ。今まで僕はずっと
「僕も、剣の練習するべきなのかなぁ」
「その大きさでもやらないよりはいいだろうな」
そういえば勇さんは二本の日本刀だし、エレナさんは武器は持たずに拳を使ったスタイルだ。ロウさんも爪を使った素手だったし、氷雨ちゃんも一応氷の魔法が使えると聞いている。僕だけ自分の身の丈に合っていない武器を振り回しているのだ。だからこんなに苦労させられている。でも川越で人間は
「帰ったら、剣術を教えてもらえますか?」
「我でよければ聞いてやろう」
「かにゃおにいちゃん、がんばれ!」
うーん、なんだか緊張感がない感じがする。これは期待されてないってことなのか、それとも大丈夫って思ってもらえてるのかわからない。
「君は我流で振っているだけだろう。参考にならないことはないだろうが」
「何もないよりはマシだろう! さぁ、五階層までしっかり回って帰るぞ!」
勇さんも自分でマシ、って言っちゃってるし。やっぱりこんな両手剣を使っている人なんて
「よし、肉とスイーツ。絶対持って帰るぞ」
「はいはい」
気合いを入れ直した勇さんについて
結局五階層まで降りたけど、目的のものはまったく手に入らなかった。いつもの野菜とそれから贈答用のちょっときれいなタオルセット。企業のマークが入っているけど、僕は知らない会社だった。川越に元々あった会社みたいだ。
「どうだった?」
戻ってきた僕たちの顔を見て、ロウさんは安心したように笑った。顔を見ればいい成果じゃなかったことはわかっている。でも全員無事で帰ってこられたんだから何も悪いこともないのだ。
「全然です。戦果もお金も」
一応いつものようにトドメを刺すことはできるんだけど、それじゃ意味がない。だって
「いつも通りか。吐かずに帰ってこられるんだから前よりは成長してるな」
そういえばすっかり忘れてたけどもう
そう思うと僕だって確かに成長しているんだ。剣だって練習すればきっと少しずつでも強くなれる。そうすれば
「でも一人で
「近付けない以上二人は役に立たないが、氷雨なら補助程度はできるだろう。魔法使いはそういう理由で
「うん。ふぁんとむがあいてなら、ひさめのまほうをつかわざるをえない!」
だからいつも氷雨ちゃんって
「ひさめ、かにゃおにいちゃんまもるのがんばるよー」
確かに氷雨ちゃんはいつもそう言ってくれていた。でもそれは幼いゆえの無謀さというか一種のヒロイックな想像なのだと思っていた。実際は本当に守ることができるだけの力がある。僕は氷雨ちゃんよりもまだまだ頼りない存在なのだ。守ろうと思っていた相手にもまだ僕は守られている。
「それで勇さんに剣を習おうと思うんですけど」
「それはいいがどこでやるんだ? そんなもん振り回したらうちに穴が開くぞ」
「そうですよ。ちょっとでも壊すと修繕費がかかるんですよ!」
ロウさんより強い語気でミオさんが立ち上がった。そんなに僕って信用ないかな。僕だって狭いギルドの中で両手剣を振り回すほど非常識じゃないつもりなんだけどな。
「裏庭、ってわけにもいかないですよね」
裏庭、と呼べば少しは格好がつくけど、実際はギルドみんなで横になったら埋まってしまいそうなくらいの狭い建物の隙間でしかない。剣道みたいにまっすぐに振り下ろしたら、海斗さんのお墓が無事で済まなくなってしまうかも。
「そもそも勇って我流ですよね? 教えたりなんてできるんですか?」
「いや、師がないよりはよかろう」
ミオさんに聞かれて、勇さんは目を泳がせる。
「俺も体術なら教えられるが、それどころじゃないだろうしな」
ロウさんは
「仕方ない。私が仲介しよう」
僕とロウさんの話を聞いていたエレナさんがやれやれ、と立ち上がった。なんだろう、エレナさんがそう言って重々しく立ちあがっただけで僕はなんとなく嫌な予感がして仕方なかった。
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