奇跡の対価は

「まぁ、魔眼を避けて倒す方法はあるな」


 勇さんは頭を抱えるミオさんに真剣な表情を向けた。


「あの通路を飲み込むほどの衝撃波なら魔眼が見えない位置からでも倒せるかもしれん」


「でもあれは偶然で」


 今はまた、ろくに魔剣アリシアを振ることさえできないのに。ただ大きなだけだと思っていたあの剣にそんな力があったことすらあのときまで知らなかった。でも確かに迷宮ダンジョンで遠距離を攻撃できる人間は僕しかいない。魔法や弓はあるみたいだけど、どっちも死霊ファントムには効かないのだ。迷宮の狭い道を覆い尽くすほどの衝撃波ならどんな強い死霊ファントムでも逃げ場はない。


「仮に叶哉さんがその攻撃ができると仮定しましょう」


 勇さんの話を受けてミオさんが重い口を開いた。今日は朝に荒れ狂う大地アースクエイクに行ってからミオさんは沈みっぱなしだ。僕のためにこうして考えてくれていると思うとなんだか僕がミオさんを苦しめているみたいで辛い。


「魔眼の咎人ビゼリ・アマルティアが見つかっているのは十一階層です。誰が連れていくんですか?」


「そりゃ、俺らだろうな」


 他人事のようにロウさんが答えた。実際普段は迷宮ダンジョンに行かないわけだから頑張るのはエレナさんと勇さん、それから氷雨ちゃんってことにはなるんだけど。当の三人はというと口を一文字に結んでうんともはいとも言ってくれなかった。


 当然と言えば当然だ。六階層より先には亜人プルシオスに倒せない死霊ファントムがたくさん出る。それはつまり僕に命を預けてもらうってことだ。こんなに重い責任なんて僕は背負ったことがない。まだ戦えるとも言えない僕の強さだけを頼りにして迷宮ダンジョンを進むのは無謀すぎる。


「そもそも深層階への進入許可があるのは私だけだろう」


「エレナも拳闘の経歴でもらっただけで冒険者としては素人だ」


「別になくても潜りゃいいんだよ。許可なんて向こうが勝手に決めてるだけだ」


 一番の当事者のはずなのに、僕はなんだかみんなの話が遠くに感じる。やっと死霊ファントムを一体だけ倒しただけでまだまだ道のりが長いことはわかっている。だからこそなんだか自分以外の誰かがこれから深層階に挑むのを見ているようだった。


「やっぱり危険なんですよね」


「嘘をついても仕方がない。かなり危険だと言っておこう」


 それを聞いて、ますます僕は現実味がなくなっていく。これまでも危険なことを乗り越えてきたはずなのに。


 みんなはまた僕をどうやって守るか、という話を広げている。深層階に行くと亜人プルシオスの役割が変わってくる。死霊ファントムを倒せるのは人間だけだ。そうなると亜人プルシオス死獣タナトスを殲滅し、敵の存在をいち早く察知して人間が死霊ファントムとしっかり戦えるようにサポートするようになる。


 本当は人間だけで迷宮ダンジョンに行ければいいんだけど、薄暗い中でどこから現れるかわからない死獣タナトス死霊ファントムと戦い続けるのは簡単なことではないのだ。


「とにかく叶哉さんには申し訳ないですが、この件は少し先送りにしましょう。二つ名持ちよりもまず迷宮ダンジョンに慣れて普通の死霊ファントムを倒せるようになるのが先決です」


「はい、そうですよね。安全が一番です」


 それはつまり僕が川越に長く留まるってことになるんだけど、今はなんだかそれでいい気がしていた。こうして僕のことを考えてくれる人たちに無理させるよりも少しずつ確実に前に進めれば。それからもうちょっと贅沢を言うならもうちょっといいご飯が毎日食べられるようになるといいかもしれない。


「しかし、何故急に魔剣アリシアが軽くなったんだろうな」


「あのときのことはよく覚えてないから、どうしてかって言われても」


 とにかく必死で剣の柄を握ったら何故か振れた、というだけだった。


魔剣アリシアはただの剣ではありません。握った者との相性があり持つ人間ヒューマンの思いに応えると言われています」


「じゃあ、僕がみんなを守りたいと思ったから?」


 必死になって柄を握ったから魔剣アリシアが力を貸してくれたのだとしたらちょっと遅すぎる気がする。その前に僕があんなに苦しんでいたっていうのに、そのときは僕の背中にかかったまま、少しも動こうとはしなかったのに。


 あの剣の中では僕は守る対象に入っていないのかもしれない。僕が倒れたときに一番困るはずなのに。信頼してもらっているのか、それとも呆れられているのか。たぶん後者の方だと思う。


「もしそうだったとしても毎回命の危機に直面されても困ります」


「そうですよね」


 そんなことしていたらみんなも危険だけど、僕が一番最初にダメになっちゃいそうだ。毎回自分の両手にみんなの命を預かっていたらどこかでこぼしてしまうかもしれない。そうじゃなくてもプレッシャーに押し負けてしまうだろう。


 冗談にもならない話なのに、一人だけエレナさんが興味深そうにあごに手を当てながら聞いている。


「なるほど、それは面白そうだな」


「やめてよ、えれなおねえちゃん」


「絶対に禁止ですからね!」


 かなり本気に聞こえるトーンで言ったエレナさんに氷雨ちゃんとミオさんから同時にストップがかかる。この人は本当にそういうことをしかねないという怖さがあるのはなんでなんだろう。普段はギルドでも常識人だと思うのに。


 結局問題を先延ばしにするという結論だけ残して、話し合いは終わってしまった。ロウさんにもミオさんにもかなり予想外のことだったみたいで僕を池袋に帰すと言った二人の表情は暗かった。


「そんなに気にしないでください。僕、このギルド気に入ってますから」


「叶哉さん」


 僕が言ったことは嘘じゃない。また池袋に戻りたいのは本当だ。奴隷が嫌だとか迷宮ダンジョンに行きたくないとかじゃなくて、なんとなく僕はここにいてはいけない存在だと思える。その理由はまだわからないけど、いつか必ず出ていかなくちゃいけないことを僕は薄々感じていた。


「じゃあ、まずは六階層に行けるようにならないとな」


 ロウさんは作ったような嬉しそうな顔をして、僕の頭を軽く叩いた。本人は気付かれてないと思っているみたいだから、僕は何も言わなかった。


「はい。いってきます」


 その代わりにしっかりとした声で答える。こうして少しずつ前に進んでいけば、いつか木剣ルディスにも辿り着く。今はそう思って迷宮ダンジョンに行くことが僕にできる唯一のことなのだ。


「今日は六階層にまで行ってみるか?」


「だから無理は禁止です!」


 エレナさんが冗談めかして言った言葉にもミオさんが慌てて止めに入る。この空間を壊さないためにも頑張ろう、と僕は何も言わない魔剣アリシアを手にとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る