二つ名を持つ理由
「しかし、累積報奨金の設定すらないなんて」
ミオさんはまだぽちさんに食い下がっている。どうやらエレナさんの予想が当たってしまったみたいだった。魔眼の
でも僕はこの
「ミオさんはこの
「それは、私もよく知っていますが」
僕は氷雨ちゃんに目を向けてみるけど、どうやら知らないみたいで首を横に振っている。冒険者ギルドと言っても僕しか奴隷のいない弱小ギルドではわざわざ高額の報奨金がかかった二つ名持ちの
「昨日の
「それは偶然っていうか。なんで知ってるんですか?」
「
それにしたって倒した敵は跡形もなく消えてしまっていた。天井や地面は派手に抉りとってしまったからどこで戦ったのは一目瞭然とは言ってもそこから僕たちがどうやって戦ったかまでわかるなんて。
「偶然でも構いません。その
ぽちさんは真剣な表情で僕に向かって頭を下げた。川越では人間は奴隷だ。
それに、もし僕が倒せるのなら他の人が傷つかずに済む。守ることができる。
「わかりました」
「ありがとうございます。こちらに
同じようなわら半紙が数枚差し出される。僕が受け取ろうとしたところを掠め取るようにミオさんが受け取った。一体どんなことが書いてあるんだろう。気になるような知らない方がいいようなふわふわとした気持ちになる。
「一度ギルドに戻りましょう」
「かえったらひさめがこーひーいれるよ」
「うん、ありがとう」
氷雨ちゃんはついてきたはいいもののあまり面白くはなかったみたいだ。帰り道もずっと僕にくっつきっぱなしで構ってもらいたくてしかたがないらしい。ミオさんはミオさんでもらった資料に目を通しながら低い声でうんうんと唸ってばかりで、相当厳しい
氷雨ちゃんの相手をしながらミオさんの手元にある資料を覗き見しようとしてみたけど、毎回華麗にかわされてしまって、結局見えずじまいだった。いつかは見ないといけないものなんだから早いことに越したことはないと思うんだけど。
それともまた僕が前みたいに怯えてしまうくらいの相手なんだろうか。確かに
ギルドに戻ると待っていたみんなが棚が崩れるように僕になだれ込んでくる。そんなに気になってたのなら一緒に行けばよかったのに。人波を押しのけるようにして中に入ると、氷雨ちゃんはいそいそとカウンターへと入っていく。
「こーひーいれるね」
「あぁ、頼む」
「味見はダメですからね」
ミオさんに先に釘を刺されて、氷雨ちゃんは体を跳ねさせる。
「そんなことしないよー」
口ではそう言っているけど、絶対飲むつもりだった。なんとなく目が泳いでいる氷雨ちゃんはときどきこちらを窺っているけど、ミオさんがしっかりと目を光らせているから、隙を見てちょっと、ということもないだろう。それはそれでちょっと残念な気もしちゃうけど。
「はーい、できたよ」
僕たちの目の前にコーヒーの入ったカップが五つ。氷雨ちゃんの分はこの間の報奨金で買った紅茶だ。コーヒーはダメだけど紅茶なら大丈夫らしい。
「それにしてもこんなやつを引いてきたか」
「そんなに強いんですか?」
エレナさんが溜息交じりに言うのを聞いて、僕はやっぱり、と思う。ミオさんがあんなに怒るくらいなんだから今の僕じゃ相手にならないってことはわかっていたつもりだ。でもそう落ち込まれるとなんだか僕が悪いような気がしてくる。
「強いなんてもんじゃねぇな。もう十五人やられてる」
ロウさんはもらってきた資料に目を通しながら渋そうな顔をしている。十五人と聞くと意外に少なく感じてしまったけど、実際はかなりの被害なのだそうだ。
「深層階に行ける人間ばかりではないからな」
僕は別として、現在川越にいる人間は、
そこからさらに二つ名持ちに挑むことができる実力者となると本当に一握りのエリートということになる。それが十五人も一体の
「魔眼の
「
だとしたら、この間の僕は無茶なんてもんじゃない。二人が身を挺して守ると言った言葉の意味もわかってくる。本当にあのとき気まぐれに軽くなってくれてよかった。僕は思い出すと震えそうになる体を抑えてコーヒーに息を吐いた。氷雨ちゃんの目の前だから砂糖を入れるタイミングはない。そろそろこの味にも慣れないとなぁ。
「いや、普通は浮いたり歩いたりしてこっちに気がつくと寄ってくる。
「
なんでもなさそうに言っているけど、それって十分に危険な相手だ。攻撃っていうのは襲いかかってくるから怖いけど、わかってくれば相手にだって隙はある。ちゃんと守って、隙に攻撃を返せば対応できるっていうのはみんなの戦い方を見ればわかってくる。
でも近付くだけで危険と言われてしまうと、向こうはただ歩いたり浮いているだけだから簡単に攻撃させてはくれない。こっちから攻撃するために近づくだけで危なくなってしまう。
「しかし二つ名持ちをご指名で狩ってこい、とは。向こうも言い放題言ってくれるぜ」
ロウさんは何度見ても内容の変わらないわら半紙を穴が開くほど見つめて、もう何度目になるかわからない溜息をつく。
「普通は精鋭を集めて部隊を組むか、馬鹿が一発逆転を狙って勝手に狩りに行くもんなんだよ、二つ名持ちってのはな」
「それをなんで僕が」
たった一度の奇跡が面倒事を寄こしてしまった。そんなことを言ったらまたエレナさんが宿命だとか言い出して、勇さんがズルいとへそを曲げるので、僕は代わりに苦いコーヒーを口に入れて、自分にちょっとだけ喝を入れておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます