二つ名を持つ理由

「しかし、累積報奨金の設定すらないなんて」


 ミオさんはまだぽちさんに食い下がっている。どうやらエレナさんの予想が当たってしまったみたいだった。魔眼の咎人ビゼリ・アマルティアという死霊ファントムがどういう敵なのかはわからないけど、二つ名を持っている死霊ファントムは相当危険だからギルドからわざわざ名前を付けて警戒する。そして多額の報奨金がかけられて倒せばほぼ間違いなく木剣ルディスを手に入れることができる。


 でも僕はこの死霊ファントムを倒さない限り、川越から出ることはできないっていうことなのだ。


「ミオさんはこの死霊ファントムはご存知ですよね」


「それは、私もよく知っていますが」


 僕は氷雨ちゃんに目を向けてみるけど、どうやら知らないみたいで首を横に振っている。冒険者ギルドと言っても僕しか奴隷のいない弱小ギルドではわざわざ高額の報奨金がかかった二つ名持ちの死霊ファントムなんて夢物語みたいな話なのだ。そんな中でちゃんと調べているミオさんが真面目に熱心に僕のことを考えてくれているんだ。


「昨日の死霊ファントムを触れることなく衝撃波だけで倒したそうですね」


「それは偶然っていうか。なんで知ってるんですか?」


調査士エピセオリテはそういう業務を担当していますから」


 それにしたって倒した敵は跡形もなく消えてしまっていた。天井や地面は派手に抉りとってしまったからどこで戦ったのは一目瞭然とは言ってもそこから僕たちがどうやって戦ったかまでわかるなんて。


「偶然でも構いません。その死霊ファントムはそんな偶然にでも頼らなければらない相手なのです。犠牲者なく倒せる可能性があるのなら叶哉さんに倒していただきたいのです。お願いします」


 ぽちさんは真剣な表情で僕に向かって頭を下げた。川越では人間は奴隷だ。亜人プルシオスたちからすれば管理する生き物。僕たちがペットや家畜を飼うように考えてるものだと思っていた。でも今は僕の力を信じてお願いをされている。それくらいの相手がこの紙にただ名前だけ記されているのだ。


 それに、もし僕が倒せるのなら他の人が傷つかずに済む。守ることができる。ゴミ捨て場トラッシュドリフトだけじゃなく、川越にいる僕よりも過酷な生活をしている人間たちを守れるかもしれないのだ。僕が騎士になると誓った約束をもっと広げることができる。そう思うと自然と僕はぽちさんに答えていた。


「わかりました」


「ありがとうございます。こちらに死霊ファントムの資料を用意してあります」


 同じようなわら半紙が数枚差し出される。僕が受け取ろうとしたところを掠め取るようにミオさんが受け取った。一体どんなことが書いてあるんだろう。気になるような知らない方がいいようなふわふわとした気持ちになる。


「一度ギルドに戻りましょう」


「かえったらひさめがこーひーいれるよ」


「うん、ありがとう」


 氷雨ちゃんはついてきたはいいもののあまり面白くはなかったみたいだ。帰り道もずっと僕にくっつきっぱなしで構ってもらいたくてしかたがないらしい。ミオさんはミオさんでもらった資料に目を通しながら低い声でうんうんと唸ってばかりで、相当厳しい死霊ファントムが相手なのだということは僕にも伝わってきた。


 氷雨ちゃんの相手をしながらミオさんの手元にある資料を覗き見しようとしてみたけど、毎回華麗にかわされてしまって、結局見えずじまいだった。いつかは見ないといけないものなんだから早いことに越したことはないと思うんだけど。


 それともまた僕が前みたいに怯えてしまうくらいの相手なんだろうか。確かに魔剣アリシアの機嫌がよければいいんだけど、それに頼ってばかりでもいけない。あの大きさの剣が現実に存在するんだから振り方だってきっとあるはずだ。確かに頼りになるけどそれにばかり期待してちゃいけない。僕自身も強くなっていかなきゃいけないのだ。




 ギルドに戻ると待っていたみんなが棚が崩れるように僕になだれ込んでくる。そんなに気になってたのなら一緒に行けばよかったのに。人波を押しのけるようにして中に入ると、氷雨ちゃんはいそいそとカウンターへと入っていく。


「こーひーいれるね」


「あぁ、頼む」


「味見はダメですからね」


 ミオさんに先に釘を刺されて、氷雨ちゃんは体を跳ねさせる。


「そんなことしないよー」


 口ではそう言っているけど、絶対飲むつもりだった。なんとなく目が泳いでいる氷雨ちゃんはときどきこちらを窺っているけど、ミオさんがしっかりと目を光らせているから、隙を見てちょっと、ということもないだろう。それはそれでちょっと残念な気もしちゃうけど。


「はーい、できたよ」


 僕たちの目の前にコーヒーの入ったカップが五つ。氷雨ちゃんの分はこの間の報奨金で買った紅茶だ。コーヒーはダメだけど紅茶なら大丈夫らしい。


「それにしてもこんなやつを引いてきたか」


「そんなに強いんですか?」


 エレナさんが溜息交じりに言うのを聞いて、僕はやっぱり、と思う。ミオさんがあんなに怒るくらいなんだから今の僕じゃ相手にならないってことはわかっていたつもりだ。でもそう落ち込まれるとなんだか僕が悪いような気がしてくる。


「強いなんてもんじゃねぇな。もう十五人やられてる」


 ロウさんはもらってきた資料に目を通しながら渋そうな顔をしている。十五人と聞くと意外に少なく感じてしまったけど、実際はかなりの被害なのだそうだ。


「深層階に行ける人間ばかりではないからな」


 僕は別として、現在川越にいる人間は、魔剣アリシアを持っている約百人の迷宮組と闘技場コロッセオにいる剣闘組に分けられている。さらに迷宮組の百人の中で深層階に行けるのはだいたい六〇人ほど。


 そこからさらに二つ名持ちに挑むことができる実力者となると本当に一握りのエリートということになる。それが十五人も一体の死霊ファントムにやられているのだ。被害はかなり大きい。


「魔眼の咎人ビゼリ・アマルティアはその二つ名の通り魔眼まがん、視線の合った相手を殺してしまう、という能力を持った死霊ファントムなんです」


死霊ファントムってそんなに危険だったんですか!?」


 だとしたら、この間の僕は無茶なんてもんじゃない。二人が身を挺して守ると言った言葉の意味もわかってくる。本当にあのとき気まぐれに軽くなってくれてよかった。僕は思い出すと震えそうになる体を抑えてコーヒーに息を吐いた。氷雨ちゃんの目の前だから砂糖を入れるタイミングはない。そろそろこの味にも慣れないとなぁ。


「いや、普通は浮いたり歩いたりしてこっちに気がつくと寄ってくる。死獣タナトスと違って近づくだけで危険な相手ってだけだ。たまに厄介な奴が出るんだよ」


死霊ファントムについてはまだ不明なところが多いですからね」


 なんでもなさそうに言っているけど、それって十分に危険な相手だ。攻撃っていうのは襲いかかってくるから怖いけど、わかってくれば相手にだって隙はある。ちゃんと守って、隙に攻撃を返せば対応できるっていうのはみんなの戦い方を見ればわかってくる。


 でも近付くだけで危険と言われてしまうと、向こうはただ歩いたり浮いているだけだから簡単に攻撃させてはくれない。こっちから攻撃するために近づくだけで危なくなってしまう。


「しかし二つ名持ちをご指名で狩ってこい、とは。向こうも言い放題言ってくれるぜ」


 ロウさんは何度見ても内容の変わらないわら半紙を穴が開くほど見つめて、もう何度目になるかわからない溜息をつく。


「普通は精鋭を集めて部隊を組むか、馬鹿が一発逆転を狙って勝手に狩りに行くもんなんだよ、二つ名持ちってのはな」


「それをなんで僕が」


 たった一度の奇跡が面倒事を寄こしてしまった。そんなことを言ったらまたエレナさんが宿命だとか言い出して、勇さんがズルいとへそを曲げるので、僕は代わりに苦いコーヒーを口に入れて、自分にちょっとだけ喝を入れておいた。

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