三章 示された標的《スコポス》
魔眼の咎人
もらってきた硬貨をしっかりと数えたミオさんは僕が初めて見るくらいにご機嫌で、なんだか猫みたいにギルドの中を跳ねまわっていた。でもこのご機嫌もそうそう長くは続かない。だってついさっき、僕自身が今日の一件は奇跡だって証明してしまったのだ。
五階層まででは
「魔剣が振れないならまだ安全に五階層までになるな」
ちょっとだけ勇さんは悲しそうに言った。それはおやつが食べられないってことじゃなくて、まだ深層階に行けないからなんだろう。剣の道に誇りを持っている勇さんにはきっと僕が起こした奇跡は少しだけ受けいれがたいのかもしれない。
「それでも安全が一番です」
「そうだな。せめてその
僕が何かをやったっていうよりも
僕の背中を痛めつけてくれたやつはしれっとまだギルドの壁にたてかかったままになっている。剣の考えていることがわかる種族っていないのかな、と思っていると、入り口からおおきなくちばしが顔を覗かせた。
鳥の顔をした大きな
「郵便だ」
「お、悪いな。今日は景気がいいんでコーヒーの一杯でも飲んでいくか?」
「勤務中だ」
そう言うと郵便屋さんはさっと飛び立っていってしまった。次の配達がまだ残っているんだろう。
「今のは?」
「
それは今のやりとりだけでよくわかった。でもあの人なら
「それで郵便はどこからですか?」
「んー、
ロウさんが封筒を見ながらこともなげに言った。それって一番大きなあのギルドからの呼び出しってことになる。ついさっき僕は
「怒られたりしないですか?」
「心配しなくても報奨金の話でしょう。私も行きますから」
「かにゃおにいちゃんがもとのせかいにかえるのにひつようなおかねだよ」
「あぁ、そっか」
元の世界に戻るために必要な
「うちで初めての
ロウさんは面倒そうに封筒の中身を読んでいる。ここで契約をしたときもそうだったけど文字を読むのは嫌いみたいだ。半分も目を通さないうちにミオさんに手紙をよこしていつものようにソファに横になった。
「他のギルドでも公平性は保たれていますし、それほどひどいことにはならないでしょう」
「他のギルドもあるんですか?」
「えぇ。元々は
どうしてそういうものがないんだろう、と思ったけど、
「まぁ、うちは新しいギルドだ。他と違ってリーダーにツテも力もない。ひどいことになっても宿命として受け入れることだ」
「エレナが言うと現実になりそうなのでやめてください」
ミオさんが眉間にしわを寄せている。たしかにエレナさんってマイナスな想像を口にすることが多いけど、冷静に言うものだからなんとなく予言じみて聞こえてしまう。僕はエレナさんの悪い想像が当たらなければいいな、と思いつつ、残っていたコーヒーに口をつけた。
ギルドに呼ばれたと言いつつも、向かう先はいつもの冒険者受付だった。今日はミオさんと氷雨ちゃんがついてきてくれている。本当はギルドリーダーのロウさんが来るべきなんだろうけど、ミオさんの方が頼りになるってことは
今日は
ギルドの受付ではいつものようにぽちさんが待っていて、僕たちを見るとしっぽと耳と手を振って迎えてくれた。確かにこれならぽちって呼ばれてみんなに可愛がられるのもわかる気がする。本当に犬みたいだ。
「叶哉さん。
そう言ってぽちさんは一枚の紙を差し出した。学校でよく配られていた薄い灰色をしたいわゆるわら半紙というやつだ。でも文字は印刷じゃなくてボールペンのようなもので書かれている。たぶん
「これって、どうなんですか?」
受け取ったはいいものの、よく考えてみると僕が見たところで内容がわかるわけがない。日本語ではあるけど、僕は
でも僕の肩越しに紙面を読んだミオさんがうー、と珍しく唸った声を聞くと、あまりいい条件ではなさそうだった。
「ちょっと待ってください! うちのギルドでこの条件はおかしいでしょう!」
僕の不安は的中していたみたいで、ミオさんはぽちさんに向かって歩み寄った。受付のカウンターがなければそのまま掴みかかるんじゃないかっている剣幕だ。
「ちゃんと
ミオさんの剣幕に押されることなく、ぽちさんは冷静な言葉で言った。さすが大きなギルドの顔になるところで働いているだけのことはある。僕の肩に乗りかかるように今度は氷雨ちゃんが僕の手元の紙に書かれた名前を読む。
「びぜり・あまるてぃあ?」
僕の知らない言葉で書かれていた振りがなを氷雨ちゃんが平然と読んでくれる。最初はなんのことかと思っていたけど、どうやらこれが僕が狩らなきゃいけない
魔眼の
それが僕に言い渡された自由への鍵だった。
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