きまぐれな相棒

 死霊ファントムが消えた後をよく見ると、足元に小さな黒い塊が落ちていることに気がついた。こんな暗い中でよく見つけたと自分でも思ってしまうくらいの真っ黒な石だ。どんぐりくらいの大きさでカッティングされたようにきれいな形はダイヤモンドのようにも見える。


「それが死霊石ファントムストーンだ」


死霊石ファントムストーン?」


「あぁ、死霊ファントムを倒したときに落とすやつだ。よく燃えるから燃料に使われる。買い取り額も他の比じゃないぞ。帰りに何か買って帰れるな」


 勇さんはもう今夜のデザートに頭が移ってきているみたいだ。さっきから青ざめて、かっこよく立ち塞がって、呆然として忙しい人だ。僕は勇さんに言われた真っ黒な死霊石ファントムストーンをもう一度見た。これでどれくらいのお金になるのかわからないけど、勇さんに聞く限りきっと相当な額なんだろう。だから迷宮探索には人間が欠かせないし、今までゴミ捨て場トラッシュドリフトは生計が辛くなっていたのだ。


 つまりこれから僕が死霊ファントムを倒せるようになれば、ギルドのみんなにももっといいものを食べてもらうことができる。そろそろさつまいも生活にも飽きてきたところだ。これからはデザートぐらいつけてもらえるかもしれない。なんだか勇さんの頭の中が移ってきたみたいだ。


 僕は拾った死霊石ファントムストーンを氷雨ちゃんに預けて、慎重に僕たちは改めて迷宮からの帰路についた。




 皮袋にいっぱいのお金を詰め込んで、僕たちはギルドに戻った。入りきらなくてちょっと氷雨ちゃんのリュックにも入っている。いつもなら半分にも満たないほどの量が倍以上になったんだから、あの小さな黒い塊にしか見えなかった死霊石ファントムストーンが本当にダイヤモンドか何かに思えてくる。


「一体何があったんだよ?」


 僕たちがどこかから盗んできたとでも言いたげな表情でロウさんは首を傾げた。ミオさんは積み上がった硬貨に目を奪われてさっきから何を言っても反応がない。僕はこっそり砂糖を入れたコーヒーを少しずつ飲みながらみんなの話を聞いていた。


死霊ファントムが出た。三階層でな」


「無事だったのか!?」


「見ての通りだ」


 立ち上がったロウさんは死霊ファントムに遭ったときのエレナさんより焦っているように見える。実際にどうしようもない場面に出会うとかえって落ち着いてしまうという話はあるけど、それにしたって狼狽ろうばいしすぎていると思う。狼だけに。


 ロウさんは僕たちを一通り見まわして確かに、とつぶやいてからまたソファに戻った。本当に無事だったのは奇跡だと思う。あんな都合よく魔剣アリシアが軽くなるなんて。もしあれがなければと思うと今でもどうなっていたかわからない。


「叶哉が倒したんだぞ。死獣タナトス二匹もまとめて、一発でな」


「いや、それは無理だろ」


 そんな一瞬で否定しなくても。確かに昨日の今日で信用してもらうのも難しいかもしれないけどさ。ミオさんはまだ山になった硬貨に目がくらんでいて全然僕たちの話を聞いてくれてないし。今まで詐欺とかに遭わなくてよかったと思ってしまう。


「まぁなんでもいい。無事な上にこうやって稼いできてくれたんだからな」


 やっぱりロウさんは信じてくれていない。僕が死霊ファントムを倒したことは持って帰ってきた報奨金と死霊石ファントムストーンの買い取りのおかげで事実だってことは間違いないんだけど、なんだかなぁ。


「で、本当はどうやって倒したんだ? 叶哉がこけたときにたまたま当たったとかか?」


「違いますって。こうやって」


 あまりにもロウさんがひどいからちょっと見せつけよう、と僕はさっきやったように壁にたてかけた魔剣アリシアの柄を握る。このまま振り上げたらギルドの天井に大きな穴が、もしかしたら二階が落ちてきてしまうけど、そんなこと僕の頭からはすっかり消えてしまっていた。


 剣を掴んだ手を思い切り振り上げる。でもそれは叶わなかった。またいつもの重さに戻った僕の相棒は頑として壁から動こうとはしなかった。軽いものだと思っていたから行き場を失った力が体中を走って背中がってしまう。僕は痛みをこらえながらその場にうずくまって、恨めしや、と相棒を睨む。剣だから当然なんだけど、少しも表情を変えずにそこに居座っている姿を見ると、まだ僕を使い手としては認めてくれてはいないみたいだ。


 ミオさんのいう相性っていうのがどういうものなのかわからないけど、きっと気が向いたときには力を貸してくれるんだろう。気まぐれだけど悪いやつじゃないみたいだ。


「で、本当はどうしたんだ?」


 うずくまった僕を見ながらロウさんは笑いを堪えている。大笑いしないのは一応今日一番の功労者であることは認めてくれているからなんだろう。


「いや、本当に叶哉が倒したのだが」


 勇さんのフォローもこの状態じゃ少しも説得力がないだろう。

 まだ背中の痛みが続いている僕の肩にエレナさんが手を押して耳元でそっとささやく。


「うまくいかないこともままある。それもまた宿命だ」


「そんな宿命嫌です」


 みんなが無事でいることと認めてもらうこと。それくらいはなんとか前に進んでいってほしいものだ。それが叶うなら僕が池袋に戻ることが遅れるくらいはどうだっていい。


 迷宮ダンジョンを知って死霊ファントムを知って、僕はロウさんがいつも言っているみんな無事で、という言葉の意味がようやくわかってきた。でも今日みたいに危機が迫れば力を貸してくれる。魔剣アリシアには僕の気持ちが伝わっているように思える。


「次もよろしく」


 誰にも聞こえないように言った僕の言葉は何故だか相棒にだけは伝わっているような気がした。

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