ゴミ捨て場の騎士

 翌日からロウさんとミオさんは迷宮ダンジョンに行かないということになった。元々ロウさんはリーダーだし、ミオさんは調査士エピセオリテだから元々はギルドでお留守番するものなのだ。あんなに強いロウさんを置いていくのはちょっと不安だけど、それはつまり僕に対して信頼しているってことなんだと思う。


 冒険登録を済ませて丸平百貨店に向かっていく途中、昨日より少ないメンバーに違和感を覚えてしまう。氷雨ちゃんは荷物持ちってことになっているから、僕はまだ戦力にならないから二人だけで迷宮ダンジョンを進むことになるんだ。万が一があるこの冒険を毎日繰り返しているんだ。


「ちょっと不安ですね」


「失礼だな。我よりロウの方が強いことには間違いないが」


 三人とも僕よりとっても強いことには間違いないんだけど、それでも三人の実力にははっきりとした差があるみたいだ。


「強さなど気にするな。生き残ることができればそれが強さだ」


「エレナは深層階への進入を許可されているくらいだからな。我の気持ちはわからんだろうな」


「そんな勇さんだって僕の何倍も強いのに」


 今なら勇さんの気持ちが僕にもよくわかる。強ければ自分もみんなも守ることができるようになるのだ。誰かに守られているばかりじゃ一人前の冒険者は名乗れない。ここに来るたびに強くなりたいという気持ちが強くなっていく。


「あまり気負うな。生きて帰ってくることが冒険者にとって最高の名誉なんだ」


 勇さんの嫉妬もどこ吹く風というエレナさんが先導して僕らはまた地下に開いた大きな穴へと足を踏み入れた。




 人数が減っても探索は順調そのものだった。僕が泣き崩れたりしない限りは三人で毎日ここに通っていたわけだから当たり前と言えばそうなんだけど、エレナさんも勇さんも死獣タナトスに後れを取るようなことがあるわけもない。僕は後方で準備をしてから振り回しにかかったところで二人に避けてもらうという無差別な攻撃くらいでしか出番がなかった。

 それでも傷ついた死獣タナトスを確実に消せるのはかなり安心できるみたいで無駄な力を使わないで済んでいるだけ役には立てているかな。


「ちょっとは慣れてきたかな」

死霊ファントムの相手をさせるには不安があり過ぎるがな」


 ろくに剣を振れないのだから当たり前だと思う。死霊ファントムどころか元気な死獣タナトスにも当たる気がしないんだから考え物だ。迷宮ダンジョンの通路はあまり広くないし、せっかくこれだけのリーチがあるんだからせめて振り回せさえすれば少しは可能性も出てくると思うんだけどな。


 僕の貢献度がどれほどのものかわからないけど人数が減った探索でも余力を残して六階層へ続く階段の前まで辿り着いた。今日の収穫もいまいちだけど、僕としては戦えることへの自信がついていくようでとても価値のある探索に思えた。


「一人前になればこの先にも行けるんだがな」


 勇さんは階段の続く壁に手をついて悔しそうに肩を落としている。


「この先に行くのって試験みたいなのがあるんですか?」


「いや、特にはない。ギルドが履歴に応じて深層階への進入を勝手に許可するだけだ。それも無視して構わない」


 そういえばエレナさんは深層階への進入の許可が出ているって言ってたっけ。このギルドのことを考えれば絶対に六階層より先には行けないわけだから、ロウさんと同じで前は別のギルドにいたのかもしれない。


「できないことは嘆いても仕方ない。せめてギルドに訓練場があればいいのだか」


 僕らの視線に気がついたのか、エレナさんはゆっくりと来た道を戻り始める。ロウさんはゴミ捨て場トラッシュドリフトのメンバーはみんなどこかから追われてきたみたいに言っていたけど、エレナさんたちにはなんとなく聞きづらい。いつかそんな話ができる日も来るのかな。


 来た道をまっすぐ戻っていると、同じような光景が続く迷宮ダンジョンの中も頭の中に入ってきたのがわかる。そろそろ迷わずに五階層まで回れそうだ。三階層まで戻ったところで前を行っていたエレナさんが足を止めた。僕にもなんとなくわかるようになってきた。死獣タナトスが放つ独特の威圧感。それはきっと生物として僕が忘れかけていた危険を察知する本能が知らせているのだ。


「最後の一狩りだ。いくぞ」


 敵は二匹。もう見慣れてきて怖さもなくなってきた。慣れって恐ろしい、と思ったけど、僕はその考えをすぐにやめた。慣れたんじゃなくて僕が強くなっているんだ。少しだけ手に馴染んできた魔剣アリシアの柄を握る。エレナさんが飛びかかろうとしたところで、珍しく氷雨ちゃんが聞いたことのない大声で叫んだ。


「まって!」


 いつもの死獣との戦いのはずなのにどうしてこんな声を、と思った矢先にエレナさんが小さく舌打ちするのが聞こえた。氷雨ちゃんに向かってじゃない。死獣タナトスの後ろ側、僕たちがこれから向かおうとしている帰り道の方に見慣れない影が見えた。


「ふぁんとむがいる」


 ようやく薄暗い迷宮ダンジョンの中で氷雨ちゃんが言った死霊ファントムの姿が見えてくる。ボロボロのローブみたいな布を深くかぶって。足元は地面についていない。浮いていたり二足で歩いていたりするとは聞いていたけど、本当に目の前にするとただの幽霊にしか見えなかった。


 それがこっちに向かってゆっくりと近づいてきている。それだけで僕は後ろを振り向いて逃げたくなる気持ちを必死に抑え込んだ。


「退路は、大丈夫か」


 迷宮ダンジョンは一本道の迷路というわけでもない。僕はまだ全部は把握しきれていないけどみんなはもうしっかり頭に入っているんだろう。


「少し時間を稼ぐ必要はあるな。死獣タナトス二匹とは運がない」


「あいわかった。氷雨」


 逃げ出したくなっている僕とは対照的に二人は短いやり取りですぐに行動を決めていく。勇さんが振り返って氷雨ちゃんに合図を出した。


「でも、そんなことしたら」


「僕は、どうすればいいんですか?」


 魔剣アリシアを持つ手は震えていた。浅い階層ではめったに出ないと聞いていたけど、まったく出ないとはミオさんも言っていなかった。それでも偶然とはいえ死獣タナトス二匹を連れてきているという状況は浅い階層では一番悪い遭遇だといってもよさそうだった。今日の探索でこれほど緊張感のある三人を僕は見たことがない。


「我らで時間を稼ぐからその間に氷雨と逃げろ」


「でも死霊ファントムって魔剣アリシアじゃないと倒せないって」


「そうだ。だからここで君を失うわけにはいかないんだ。生き延びろ」


 エレナさんの言葉は明らかに死を連想させた。ここで死んでも仕方ない。そんな意味が端から滲み出ている。


「そんなことしたら」


「それもまた、宿命だ」


 エレナさんは僕の方を振り返らなかった。でもその声からはどこか笑いがこぼれている。こんな状況で、ううん、こんな状況だからもう笑うしかない。僕がこれを振れるなら、逃げるなんてことを考えなくていいのに。


 ――逃げるな。


 ロウさんと話した星空を思い出す。


 ――強くなれ。お前は奴隷じゃない。うちのギルドの騎士になるんだ。


 そうだ、逃げてちゃダメなんだ。僕はみんなを守るって、そのためにここにいるんだってそう約束したのだ。


 僕の手の震えがいつの間にか止まっていた。今にも後ろに向かって駆け出しそうだった足はしっかりと前に向かって一歩踏み出していた。

 僕の気持ちに応えるように魔剣アリシアも軽くなる。早く振り下ろせ、と急かしているようにすら感じる。普段はあんなに重くてどうしようもないくらい動かないのに、今だけ気まぐれにやる気を出しているようで、なんとなく癪だった。


 でも今はその気まぐれに頼らせてもらう。


「やあああ!」


 軽くなった魔剣アリシアは僕の片手で悠々と天に向かって振り上げられた。低い迷宮ダンジョンの天井をとうふのように簡単に斬り裂く。驚いている勇さんとエレナさんの間から駆け出して、僕は頭に落ちてくる塵も気にせず、力任せに振り下ろした。


 ぶざまな一閃。でもそれで十分だ。


 天井を斬った勢いのまま今度は地面をえぐるように深く切り裂く。適当に振った斬撃は死獣タナトスにも死霊ファントムにも当たらなかった。でも僕にも見えるほどの衝撃波が迷宮ダンジョンの通路を埋め尽くすような奔流となって走り抜けていった。

 それが過ぎ去っていた後にはもう敵の姿は残っていなかった。


「凄まじいな。当たりすらしなかったはずなのに」


 エレナさんが呆然として声を漏らすのを聞きながら、僕は背中のベルトに魔剣アリシアを戻した。勇さんも驚いているみたいで僕の顔を見ながらエレナさんと同じように呆然としている。


「かにゃおにいちゃんすごい。さらまんだーよりずっとつよい!」


 氷雨ちゃんだけが無邪気に喜んでくれているけど、なんだか僕も本当に自分がやったのか不安になってくる。

 力が抜けて、その場に尻もちをつく。


 なんだか自分でもよくわからなかったけど、とにかくみんなを守れたことは確かみたいだ。まだまだ途中だけど、とりあえずロウさんとの約束を破らなくて済んでよかったと僕はまだ迷宮ダンジョンが続いているのにほっとしてしまった。


 ただ魔剣アリシアだけが床に刺さったまま、当然という顔をしてふんぞり返っていた。

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