死霊と魔剣と

死霊ファントム死獣タナトスってどう違うんですか?」


 ギルドに戻って一息ついているミオさんに僕は聞いてみることにした。やっと死獣タナトスを倒すことができて、次に相手をするのはきっと死霊ファントムになるんだろう。その相手について僕はまだほとんど知らない。まだそんなことを気にしていられなかったっていうのもあるんだけど。


「そうですね。死霊ファントムについてはまだ研究段階ですが、四足歩行している死獣タナトスに対して、死霊ファントムは二足あるいは浮遊していて私たちと同じような外見をしています」


 名前の通り幽霊みたいな姿をしているらしい。幽霊を倒しに行かなくちゃいけないと思うとなんだか気が重くなってくる。まだ動物のような外見をしている死獣タナトスでさえあんなに怖いのに。


死霊ファントムについてはまだわかっていないのだが、とにかく我ら亜人プルシオスは触れるだけで体が焼けただれたように変化するらしい。それに魔剣アリシア以外の攻撃ではダメージを与えられない」


「その魔剣アリシアを持てるのが人間だけってことですか」


 今のところ迷宮ダンジョンから川越の町に死霊ファントムが出たという話はないらしいけど、やっぱり倒せない敵がすぐ近くにいると思うと落ち着かないのもしかたない。それを倒せる人間という存在がいるのなら奴隷にして戦わせ続けるのもしかたないことなのかな。


「でも地下五階層までで出ることはめったにありません。それにだいたい単体でこちらは道がわかっていますから打開策はいくらでもありますよ」


 そう言ってミオさんが僕の不安の拭い取る。

「みんなあしもはやいし、かにゃおにいちゃんはえれなおねえちゃんがかかえてはしるの」


 氷雨ちゃんもそう笑っているけど、そんな情けない姿は昨日までで終わりにしたいところだ。僕はもっと強くなって死霊ファントムも一人で倒せるようになって、みんなを守る騎士になるのだ。それがロウさんとの約束なんだから。


 でもそこまで一緒に行く相棒を見て、僕はちょっぴり不安になる。今はギルドの壁に預けている僕の魔剣アリシア迷宮ダンジョン死獣タナトスを斬り、地面に叩きつけられ、引きずられたというのに少しも傷ついた様子はない。少し拭いてやれば元通りのきれいな刀身を見せつけてくれる。まるで自分はもう僕より先に進んでいて、追いつくのを待っているとでも言っているようだった。


 まったく研がれていない刀身は僕が触れてもなんともないのに、亜人プルシオスが触れると燃えるように熱くなって肌が焼けてしまうらしい。あれ、それって死霊ファントムと同じってことなのかな?


 もう一度僕は魔剣アリシアを見る。僕を守ってくれているこれがとても化け物と同じとは思えなかった。でも確かに死獣タナトスに触れるだけで消し去るほどの威力を誇るこの一振りには何かが隠されているのかもしれない。


「どうした?」


 相棒を見つめていたのを不思議に思ったのか、勇さんがいつの間にか僕のすぐ隣に座っていた。魔剣アリシアの威力を見て少しへこんでいたのは、もう治ったみたいで安心した。そして僕の相棒と同じように今は鞘に収まってソファに立てかけてある。


「やっぱり僕にはこの魔剣アリシアじゃ大きすぎませんか?」


 背の高くない僕とほとんど変わらない剣は柄まで含めるとだいたい一五〇センチくらいある。二刀流の勇さんが使っているのを二つ合わせてもこっちの方が長そうだ。それに重さも尋常じゃなくて、これを振るうなんて筋力をつけてとかそんな次元で足りるんだろうかと思えてしまう。


「文句言うな、うちにあるのはその一本だけだ」


 ロウさんが茶化すように僕に向かって野次る。


「あるだけで感謝したいくらいのものなんです。叶哉さんならきっと使いこなせますよ。相性も良いようですし」


「そんなに貴重なものなんですか?」


「今現在、川越で確認されている魔剣アリシアは約百本ですから。小さなうちのギルドに一本あるだけで奇跡ですよ」


 魔剣アリシアを持てない人間は闘技場コロッセオで剣闘をさせられるという話はもうロウさんから聞いた。海斗さんもその一人で、確かこの剣を賭けた剣闘大会に出て優勝したという話だった。


迷宮ダンジョンに落ちてるときがあるんですよね、確か」


「それは深層階での話だな。他のギルドが拾った場合も持っていない者で剣闘大会を行うのがルールになっている」


 深層階、ということはつまりは死霊ファントムがいて倒さないと進めないような場所ということだ。そこまで行けるなら僕はもうこの相棒を使いこなしていなくちゃいけない。そんなときに見つかっても本末転倒になるだけだ。


「じゃあ、ころしてでもうばいとる?」


「そんな物騒な言葉どこで覚えてきたの?」


 言葉の意味は少しも理解していなさそうだからまだいいけど、氷雨ちゃんはときどきよくわからないこと言い出す。雪女スノーホワイトってそういうものなのか、それとも氷雨ちゃんが特殊なのかはわからないけど。


「とにかくないものはないんだから、それで我慢しろ」


「申し訳ないですが、叶哉さんに頑張ってもらうしかないですね」


 なんだかこの二人を見ているとお父さんとお母さんを思い出してしまう。また少しだけ帰りたいと思ってしまった。でも僕だって少しずつ前に進んでいる。きっと今でも僕が川越から帰ってくることを願っているはずだ。何人かいる帰還者の中に僕も入ることができるはずだって。


 死獣タナトスを倒したからなのかな。少しだけ僕は前を向けるようになったような気がする。何かを越えた先に見えたものが僕を強くしているのかもしれなかった。

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