二章 ゴミ捨て場の騎士《イポティス》
迷宮を彷徨う恐怖
ギルドのソファに寝かされていた僕はようやく体に抜けきっていた力が戻ってきた。
「だいじょうぶ?」
「うん。たぶんね」
僕の顔を覗き込んだ氷雨ちゃんに弱々しく答えた。自分が思っているよりも受けた衝撃はさらに大きかったみたいだ。虚勢を張ったつもりだったのによけいに不安な顔をされて僕は逃げるように目を閉じる。
「初めての
勇さんはそう言って慰めてくれたけど、僕は明日も同じことをすると思うとまた震えが大きくなっていった。
この世界で生きてきた
でも僕は違う。平和な国に生まれて争いごとなんて子どもの頃のおもちゃの取り合いすらまともにやったことがない。戦うっていうのは自分からは少し離れたところにある話だと思ったまま今まで過ごしてきたのだ。それが急にあんな化け物と対峙して、それを切り殺せだなんて言われても体が動いてくれないのは、積み重ねてきた認識と覚悟の違いなのだ。
「今日はお休みしてください。ときどき様子を見にうかがいますから」
ミオさんが僕に自室に戻るように勧めてくれるのに甘えることにして、僕はコーヒーを飲んだ氷雨ちゃんみたいな頼りない足で階段を上がっていく。今日は、ということは明日には同じように
昨日と同じように準備を整えて、ギルドを出る。僕のお腹は鉛を飲んだように重い。ギルド受付で探索登録をして丸平百貨店に向かう。昨日と同じ手続きなのに早回しで終わっていくような気がする。真っ暗な階段を下りていくと、またこの不気味な迷宮に来たのだと思わずにはいられなかった。昨日の恐怖が呼び起こされて、もう足がすくんでしまっている。
「ひさめ、きょうはずっとかにゃおにいちゃんのそばにいるね」
氷雨ちゃんが僕の手をそう言って握った。
いつ
「お、これは。なんだ?」
先頭を歩いていた勇さんが何かを見つけて駆け寄った。昨日のデザートは結局換金に回されたらしくて、今日も我先にと先頭を歩いていた。
「それはアボカドですね。脂肪分の多いお野菜ですよ」
「野菜かよ。ハズレだな」
ロウさんは残念そうに肩を落とした。やっぱり
「ちゃんとバランスよく食べないといけないんですよ」
「バランスよくというのなら肉が食べたいものだな」
エレナさんが受け取ったアボカドを氷雨ちゃんのリュックに入れる。普段は冷静そうなエレナさんもやっぱりおいしいものが食べたいらしい。
一階層は地図が完成しているということで進むルートも完全に決まっているらしく、通っているエレナさんと勇さんは少しも迷うことなく進んでいく。氷雨ちゃんも憶えているみたいだからおいていかれたままはぐれてしまうこともなさそうだ。
「今日は二階層までいけそうだな」
できることなら何もなく帰りたかったんだけど、そうも言っていられない。なにより僕が
それは頭では理解しているつもりなんだ。
階段があるらしい方へと進んでいくと、待ち構えていたかのように唸り声が聞こえてきた。
「さて、来たな」
エレナさんの声はどこか楽しそうにも聞こえた。ここにいる人たちはみんな戦うことが好きなんだろうか。そうでなければわざわざ危険な場所に行く理由もない。人間なら川越ではそうするしかないけど、
「一匹は俺がやる。勇はもう一匹。エレナは三人を守ってくれ」
「御意」
二匹現れたにもかかわらず、ロウさんは落ち着いた声のまま指示を出す。普段の姿からは想像もできなかったけど、やっぱりリーダーなんだと思い知らされた。
明るい場所でも追えそうにない動きで
僕は映画のワンシーンを見ているようにただ立ち尽くしたまま、それを目で追うことしかできなかった。
勇さんが二刀を振るって
「叶哉」
昨日と同じ。倒せ、という指示だ。ギルドリーダーのロウさんがそう言っている。冷静な判断をしているんだから僕の安全は保障されている。現に昨日だって勇さんが待機していてくれたから助かったのだ。大丈夫に決まっている。
いくら自分に言い聞かせても、僕の体は動こうとはしなかった。それを見かねてロウさんが空いていた僕の腕をとると氷雨ちゃんごと
「やれ。手負いなら狩れる」
簡潔な命令だった。氷雨ちゃんの手よりもロウさんの言葉が冷たく感じられる。足を折られた
「斬れ。ゆっくりでいい。先端が届くまで離れていい。こいつに
ロウさんは僕の耳元で繰り返す。僕はゆっくりと背中の
まだ戦う意志を残している
ずっと胃の中に溜まっていた鉛が逆流する。焼けつくような痛みがのどに走って、僕は胃の中にあった消化途中のものをなんの分別もなく地面に吐き出した。
なんで僕はこんなことをやっているんだろう。こうしないと元の池袋に帰れないから?
そこまでして僕はあの街に帰りたいんだろうか。こんなに怯えながら、生きているものを殺してまで帰るほどの価値がある場所だったんだろうか。
膝をついてただ地面に流れる
「帰るか」
僕に声をかけることもなく、ロウさんは今まで来た道を戻り始めた。僕はミオさんと氷雨ちゃんに支えられながらようやく体を起こす。薄暗い
「さぁ、戻りましょう」
優しく言ってくれるミオさんも僕に失望していないだろうか。そんな不安ばかりが頭に浮かんでくる。それでも今はここから一刻も早く出たかった。僕には無理だ。そんな言葉だけが頭に浮かんできて、僕は情けない気持ちだけを抱えて二度目の
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