丸平百貨店地下迷宮

 迷宮ダンジョンなんてどこにあるんだろうと思いながらついていくと大きな駅舎が見えてくる。薄汚れた看板に目を向けると『本川越本川越駅』と書いてあった。こっちはもう一つの私鉄、たしか西武線の駅だったはずだ。川越が沈んだときに西武線も分断されてしまったという話は習ったけど、どうやらこっちには電車は来ていないみたいだった。


「駅の中に迷宮ダンジョンがあるんですか?」


 そういえば新宿駅がよくダンジョン扱いされていることを思い出す。複雑に入り組んだ路線とそれに付随して設けられたホーム。ひしめき合う商業施設が混ざり合えば初めて訪れた人には出られない地下迷宮と思えてもおかしくはない。


「いや、冒険者が迷宮ダンジョンで迷ったときに助けが出せるように登録してから行くんだよ」


「正規のギルドならやって損なんてないですからね」


 ということはここには他の冒険者の人たちも集まってくるということだ。僕って周りから見るとどんな風に見えているんだろう。頼りなさそうに見えていたらロウさんたちまで恥ずかしいんじゃないかと思ってしまう。駅舎の方に近づくとやっぱり動いていない改札の上に真新しい看板で『荒れ狂う大地アースクエイク』と書かれていた。


「ここってギルドですか?」


「そうですよ。ここは一番古参の冒険者ギルドで、冒険者全体の管理もしているんです」


 元々駅だった場所を使っているだけあってゴミ捨てトラッシュドリフトの何倍も大きい。そのギルドに入ることなく、ロウさんは向かいのガラス戸を抜けて中に入った。


「よう、ぽち。元気にしてたか?」


「ぽちじゃないです!」


 受付にいた犬耳の女性がロウさんに向かって吠えた。いつものことみたいで特に誰も気にしていない。ここだけでもうちのギルドより五倍は広い部屋の中にはいろんな亜人プルシオスや人間が受付を済ませるために手続きをしていたり順番を待っていたりして賑わっていた。


 体の大きな男性から僕と歳の変わらないくらいの男の子まで年齢も様々で女性もいる。腰に提げたり背中にかけたりしている魔剣アリシアは大きさも形もバラバラで、僕みたいに不格好なほど大きな剣を背中にかけている人はいなかった。


「ちょっと待ってください。ロウさん、迷宮に行くんですか?」


 ぽちさんにもギルドでみんなに言われたような扱いで、ロウさんの顔が苦々しく歪んだ。たくさんの冒険者を管理しているギルドの人にもだらけている人という認識らしい。


「うちにもついに人間ヒューマンが来たんだよ」


「そういえば昨日川越に来た人間はゴミ捨てトラッシュドリフトが捕獲したんでしたね」


 捕獲、という言葉に僕は少し体が固まった。まだ他の亜人プルシオスの人たちと話していなかったから忘れていたけど、やっぱりここでは人間は捕獲されるような扱いなのだ。


「はじめまして私は荒れ狂う大地アースクエイク調査士エピセオリテの」


「ぽちだ。迷宮ダンジョンに行く前には必ずここに登録する。時間が経っても帰ってこないなら救援隊が出るから気をつけろよ」


 ロウさんがぽちさんの言葉を切って説明をしてくれる。


「ロウがリーダーみたいなことしてるぞ」


「ろうおねえちゃんがせつめいしてる」


 やっぱりひどい言われようだ。ロウさんってなんでギルドリーダーに選ばれたんだろう。海斗さんの遺言なんだろうか。


「まったくお前らは。いいから、ぽち。叶哉の奴隷登録やってくれ」


「もうぽちでいいです。それじゃ、この書類に記入をお願いしますね」


 僕はきれいに形式が整えられた紙にボールペンで記入していく。市役所とかに行けば何度かやったことがあることだけど、それは川越に来ても同じらしい。このボールペンも迷宮ダンジョンで拾ってきたものなんだろうか。


 名前や年齢、血液型もある。それから最後にギルドの名前とギルドの所属の証明としての首の証を書く。


「今日は何の需要が高いんですか?」


「そうですね。浅い階層だと紙類でしょうか、特にティッシュペーパーの需要が増えてますね」


「寒くなって市内で風邪が流行しているらしいな」


 僕が書類に書き込んでいる間にミオさんとぽちさんが何か話をしている。そこに勇さんも入っているけど内容はなんだかただの世間話にも思えた。


 これから危険な迷宮ダンジョンに行くはずなのだ。それはきっと命の危険だってあるはずだ。なのにこの落ち着きようはなんなのだろう。僕が初めて受験に行くときでももっと緊張した。今はそんなことなんでもなかったと思えるくらいの気持ちなのに。


「よーし、できたな」


 僕が書き終わるのが待ちきれなかったみたいで、ロウさんは僕がボールペンで最後の記入が終わると同時に投げるように紙をぽちさんに渡した。


「はい、確認しました。わかっているとは思いますが、奴隷スクラヴォスがいても深層階には行かないでくださいよ。あなた方のギルドはまだ未熟なんですから」


「わかってるよ」


 話半分、といった風にロウさんは投げやりに答えた。もう時間がきてしまった。揚々という雰囲気で出ていくロウさんに続いてみんなも受付を出る。足が止まったままの僕の肩をそっとエレナさんが叩いた。


「君は自分の意思でここに来た。ならば前に進むしかない。それが君の宿命だ」


 静かだけど重い言葉だった。迷宮ダンジョンに何度も行っているエレナさんは幾度も困難を越えてきたんだろう。だから口癖のように繰り返す宿命という言葉は重たかった。僕に宿命があるように彼女にも立ち向かわなければいけない宿命があるんだろうか。それを聞けないまま、僕は置いていかれないように重い魔剣を鳴らしながらみんなの背を追いかけた。




 いったいどこに迷宮ダンジョンなんてあるのかと思いながらみんなの後をついていく。来た道を戻っているように思っていると、大きな駐車場が見えてきた。一見して老舗とわかるほどのずいぶんと古そうなデパートだ。ローマ字で『まるひら』と書かれているのが読めたけど、池袋でも見たことのない名前だった。


 元々はたくさんの来客の車で賑わっていただろう駐車場に車の姿は一台もなく、今は簡易な小屋がいくつも並んでいる。どうやら迷宮ダンジョンに向かった冒険者の捜索隊や治療部隊が待機しているみたいだった。


 その中をまっすぐに突っ切って開け放たれたままの自動ドアを抜ける。当然だけど空っぽの店内はデパートの名残があるけれど魂が抜けたような物寂しい気配に包まれていた。止まったままのエスカレーターをゆっくりと降りていくと、元々は食品売り場が並んでいただろうフロアに出た。ここって地下迷宮っていうよりただのデパ地下なんじゃ。


 看板はまだそのままになってはいるけど、当然食べ物なんてすっかりなくなってしまっている。蔵造りの通りみたいに再利用していないのはどうしてなんだろう、と聞く前に僕の目の前にその理由が姿を現した。


「ここが川越地下迷宮の一つ、丸平百貨店です」


「そのまま、ですね」


 ミオさんの説明にどう答えていいかわからなくて、僕は思ったことを何も考えずに口に出した。


 デパ地下の床に突然開いたような穴は覗き込むと階段状になっている。でも壁と階段の材質は明らかに違って、後から入りやすいように整備されたことがすぐにわかった。光の入らない迷宮ダンジョンは当然暗くて足元がなんとか見えるくらいだった。奥まで進んでいけばそれも見えなくなってしまうかもしれない。


「今日は地下五階までしかいかない。そこまでなら完全に地図が把握されている。それ以上はいかないから遭難はない。心配するな」


 背中を強く叩いて勇さんは僕を励ましてくれるけど、知らない世界が加速的に広がっていくのに僕の頭はまったくついていけそうもなかった。

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