遺された魔剣
一夜を明かしてもまったく実感がわかないまま、僕はぼんやりとした目を擦りながら一階のカウンター前に向かった。ベッドはちょっと硬かったけど奴隷の身分でそんなこと思えるだけ幸せなのかもしれない。
僕が起きてきたのは三番目だったみたいで、もういつもの場所にミオさんとロウさんがいた。ミオさんは見るからに毎日早起きって感じだけど、ロウさんは相変わらずソファに寝ているからいつ起きていていつ寝ているのかよくわからない。
「早いな」
「ベッドが変わるとどうしても寝にくくなっちゃうんです」
新しい世界にも新しい部屋にも慣れるまで時間がかかりそうだ。それはたぶん今日向かう
「まだ決心つかないか」
「それは、はい。だって
「そりゃああいつらじゃ
そう言ってロウさんは体を跳ね上げるように起こして普段使っている入り口とは逆に歩き出す。なにごとだろう、と思ってミオさんに視線を向けると、無言で首を振ってロウさんの背中を手で示した。まずはついていけ、ってことだ。
「昨日お前を助ける、って言ったよな? 本当は俺たちもお前に助けてもらいたいんだ」
「え?」
「
ロウさんの言っていることはよくわからなかったけど、とにかく僕はロウさんの背中を追いかけて裏口のドアから外に出た。
建物の隙間に出来たスペースに押し込むように作られた裏庭は三坪くらいのもので、ギルドのみんなが寝転がったらそれだけで埋まってしまいそうな狭さだった。ほとんど何も置かれていない寂しい裏庭の奥に、小さな石と大きな剣が並んで立っていた。
「お墓……」
たぶんそうだ。綺麗に研磨されてなにか文字の彫られたお墓は僕の知っているものとは少し形が違うけど、見ただけでわかる神秘性を持っていた。
「このギルドの創設者ってとこか」
「人間、なんですか?」
ロウさんに確認してから僕はお墓の前にしゃがみ込んで文字を読んでみる。やっぱりここでも日本語で書いてくれていて、すんなり読むことができた。お墓の隅に『
「海斗はな、
ロウさんは準備していたらしい水をお墓にかけてその上をゆっくりと撫でた。
「
「海斗さんは
「
ロウさんはお墓の隣に刺さっている
「それはそのときの優勝賞品だ。そのくせあいつは一度も握らずに死んじまいやがった。俺にそいつを預けてな」
抜いてみな、とロウさんに言われて、僕はその両手剣の柄を握った。地面に刺さっていた部分は思っていたより長くて、僕の身長と剣の長さはほとんど変わらないようだった。ずっしりとした重さが全身にかかる。持っているだけでやっとという感じで、とてもこれを振って戦うことなんて想像もできなかった。
「それが昨日話した
「いいんですか? 僕が使っても」
「それがあいつの一生のお願いってやつらしいからな」
ロウさんは少し寂しそうに笑ってまた海斗さんのお墓を撫でた。
「
そう言われて僕は無意識に
「準備はできたか?」
広間に戻ると起きてきていたエレナさんに声をかけられた。
「心以外は」
「冗談が言えるなら十分のようだな」
エレナさんは満足そうに微笑んで僕の頭を軽く叩いた。結構本音だったんだけどな。まだギルドから出てすらいないのに
そうなることを予想していたのか、僕の元にミオさんは少し大きなベルトを持ってきてくれた。
「重いでしょうからこれをお使いください。ちょっと大きいですけど」
皮でできたベルトは肩からかけて大きな
「とっさに取り外しやすいようになっているので落とさないように気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
手で持っていたときよりはずいぶんと楽になったけど、それでも自分と同じ大きさの大きな剣だ。全身にかかる重さはやっぱりずしりとしている。それにこれは海斗さんの形見なのだ。下手な使い方はできない。
「かにゃおにいちゃんかっこいー!」
「うむ、なかなかサマになっているぞ」
確かに大きな剣を背中にかけた僕はいっぱしの冒険者に見えなくもない。これから行く
「今日は俺も出る。誰も傷つけずにここまで帰ってくる。いいな?」
昨日とはまったく違う声色で、ロウさんが吠えた。
「行くんですか? ロウが迷宮に」
驚いたような声でミオさんが聞いた。確かに昨日の姿を見ているだけで驚かれるのは仕方がないと思えてしまう。
「なんだよ、そんなにおかしいか?」
「おかしいだろう。昨日変なものでも食べたか?」
「ひさめ、おりょうりしっぱいした?」
エレナさんと氷雨ちゃんまで追い打ちをかけていく。ロウさんはなんだかなぁ、とつぶやいて、それに答えることなくギルドを出る。
僕たちはお互いに笑いながら、その背中を追いかけた。
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