川越探訪
川越の街は駅前と同じくどこも砂ぼこりが舞っていた。正体はどうやらビルの壁が風化して少しずつ朽ち始めているからのようだった。直す技術がないのか、それとも材料になるものがないのかはわからないけど、崩れるまでに何とかしてほしいものだと思ってしまう。
それでも保存地区だからなのかたまたまここだけ直すことができたのか蔵造りの家が建ち並ぶ通りではきれいな建物が並んで、
「きれいですね」
白塗りの壁が一面に並んでいる。確か
立ち並ぶ商店は半分くらいは元からあった店の造りを利用しているだけみたいで、古い看板と新しい看板が並んでいて何のお店なのかわかりづらい。それにどちらも日本語で書いてある。川越なんだから日本語が溢れているのは当然なんだけど、人間とは違う種族である彼女たちも同じように日本語を使っていると思うとなんだか変な気分がした。
蔵造りのきれいな建物を眺めながら歩いていると、勇さんが何かを見つけたように小走りに走っていく。
「お、亀焼きがあるぞ。叶哉は知ってるか、亀焼き」
「えっと知らないです」
勇さんが指差した方には確かに「亀焼き」と書かれたのぼりがたてられている。たい焼きなら知っているけど亀は聞いたことがない。川越特有のものなんだろうか。それとも本当に亀を焼いたものなのかな。
「なかなかうまいぞ。ちょっと待っていろ」
そう言って勇さんは僕の答えも聞かずにお店の方へ走っていくとすぐに紙袋を持って戻ってきた。中を見ると、どうやら僕の想像は良い方が当たっていたみたいで、たい焼きのような生地に包まれた亀の形のお菓子が三つ入っている。
「勝手に金を使って、またミオに怒られるな」
「問題ない。まだ今日の成果は言っていないのだ。ごまかしようはある」
したり顔で勇さんは自分の分の亀焼きをとると口に入れながら紙袋を僕に手渡した。焼きたてみたいで温かい。亀焼きにかじりつく勇さんは僕の知っている人間と変わりない。甘いものを食べて嬉しそうに微笑む顔を見ているとちょっと鱗がついているなんて些細な違いに思えてくる。
僕は紙袋から亀焼きを一つとって紙袋をエレナさんに渡した。買い食いは校則で禁止されていたからこういうのってあまりやったことがなくて新鮮な気持ちだ。
「うん、おいしい」
悩んだ末に頭からかじりついた亀焼きは一口目からあんこが口の中に滑り込んできて甘さがいっぱいに広がった。さっきコーヒーを飲んだからかよけいに甘く感じるのかもしれなかった。いったいどんな人が作ってるんだろう、と勇さんが買ってきたお店を遠くから覗きこんでみると腕にうろこのある男の人が店長のようだった。
勇さんとは違ってえらが張っていて頭にヒレみたいなものが見えるからたぶん魚人みたいな種族の
半分くらい食べ進めたところで、僕はようやくここがどこかを思い出した。
甘い亀焼きに脳が解かされていてまったく気がつかなかったけど、ここは川越だ。もう日本じゃない。農業も工業も昔は盛んだったとは聞いているけど、この亀焼きの材料を全部川越の中だけで準備できるんだろうか。それにこの独特な亀の形にする鉄板だって必要になってくるはずだ。元々あったビルだって直せないのに、そんな工業技術があるとも思えない。
「このあんこって、どうやって作ってるんですか?」
「小豆を砂糖で煮て作るんだが、
勇さんが口元をあんこで汚しながらそう答えた。結構落ち着きがない人だなぁ。武士みたいな雰囲気だから落ち着きのある人かと思ったけど、活発そうな見た目のエレナさんの方が大人びている。
「いえ、知ってますけど、小豆畑もサトウキビ畑もどこかにあるんですか?」
「いや、ない。こういうものはすべて
「
そこには
「そういうものを拾ってきて売って金を得る。そうやって生活しているのが私たちのような冒険者ギルドと呼ばれる者だ」
「ゴミ捨て
「あぁ、我らはまだ駆け出しもいいところだからな。肉でも拾えれば夕飯が豪華になるというのに」
勇さんは最後の一口を惜しむように放り込みながらそう言った。さっきから食べることばかりしか言ってないような気がする。
「へぇ。そんなところがあるんですね」
「何を他人事みたいに言っている。これからはお前も同行してもらうぞ」
そういえば人間は貴重な戦力だって言ってた。あのときにミオさんが説明してくれていたんだけど途中で氷雨ちゃんが驚かせたから話が途中になってしまったんだった。
「聞いていなかったのか。
「それを、僕がやるんですか?」
「心配するな。我らが共に行く。叶哉がいれば深層階にも行けるし、貧乏生活とおさらばして、毎日肉が食えるぞ!」
勇さんは僕の肩を抱くようにして引き寄せる。僕よりも背の低い勇さんなのにその力にこけそうになってしまう。というかちょっと痛い。やっぱり
勇さんでこれなんだから僕より背の高いエレナさんはもっと強いんだろう。その二人が敵わないという
そんな僕の不安なんていざ知らず、勇さんはもう明日からお腹いっぱいお肉が食べられると思っているみたいだし、エレナさんも僕に期待しているみたいだった。ミオさんやロウさんだって同じ気持ちなんだろう。そんな期待に僕は答えられるんだろうか。
蔵造りの通りを回り、それから川越のシンボルだという時の鐘に連れていってもらった。蔵造りの白い壁が続く中、一回り高い時計台は今はもう時を知らせる役割からは退いてしまっている。そういえばこれも教科書の写真で見たことがあるが、本物を見るのはもちろん初めてだった。
三重になっている塔の最上階には確かに鐘が吊るされているのが見える。川越のシンボルとも呼ばれていたらしいけど、それは沈んでしまってからも変わっていないようだ。
「これが鳴ったときはなにか祝いごとのときなんだ。いいものが
「じゃあ福音って感じなんですかね」
「そうだな。うちのギルドの手でこの鐘を鳴らしたいものだ。それは君にかかっている」
エレナさんはそう言って僕に向かって
その後もほとんど観光をしているだけでギルドに戻ってきてしまった。結局見た限りでは僕の世界とほとんど変わりがない。電線に電気は流れていないけど、機械が壊れていないのなら電気を操る種族なら使うことができるらしい。クリスマスツリーに使うような電飾を使って大道芸人をやっている
それでも人間の姿はまったく見なかった。いったい他の人間たちはどんな生活をさせられているんだろうか。それを聞くのはなんとなく怖くて、僕はギルドに戻るまでの道でも二人に聞くことはできなかった。
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