19.目的の達成

二人はその差を保ったまま王の間へと駆け込んだ。アスコラクは肩で息をしながら家臣の礼をとった。ツェンリャはまだ后の椅子に座っている。その横には感情を押し殺した海王がいる。


「何故悲しんでいる? その姿を見られたからか? ここに来る后は陸の生活を捨てきれぬままここへやってきては財宝を持ち去り、泣きながら帰ってくる」


「恐れながら」とアスコラクが口を挟んだ。


「このような格好は地上には適さず、皆から嫌悪され、敵意をもたれます。どうか悲しみをご理解くださいますよう、お願い申し上げます」


「財宝は置いて来たのであろう? にも関わらず一時の美しさを問題にするなど、下賎な考えだ」


「それは……」


人間の数百倍生きるアスコラクにとっても、それは肯定するしかない意見だった。アスコラクにとっても「一時の美しさ」を引き換えにした財宝は大きすぎる対価だった。しかしアスコラクは人間が「一時の美」に「内なる美」、「真の美」を感じていることも知っている。だが、今目の前に鎮座する海王はそれを理解できない相手だ。

アスコラクが窮しているとツェンリャは横から差し出すように言った。


「妾が死ねば、事が済むでしょう。さあ」


ツェンリャは海王の正面に立った。


「ツェンリャ!」


アスコラクは隠し持っていた剣で、ツェンリャに向かって振り下ろされた刃を止めた。大きな高い金属音がする。その瞬間、アスコラクはツェンリャを足で思い切り蹴っていた。アスコラクに足蹴りを受けたツェンリャは階段を転げ落ち、今までアスコラクがいたところで蹴られたところを抑えて呻いていた。守りながら戦っていては、勝ち目がない相手だ。ツェンリャを蚊帳の外に出して、海王と向き合うのが得策だろう。先にツェンリャを殺されてしまえば、アスコラクの仕事は失敗に終わるだけではなく、ツェンリャを助けることができなくなる。つまり、海王はツェンリャを海の藻屑にしたいのだ。


「何のつもりだ?」


笑いを含んだ海王の問いに、アスコラクは刀を交えたまま答えるしかなかった。


「どうせ殺すのであれば、私が」


「お前は意見がころころと変わるな。先ほどその女を助けて欲しいと言っていたのは何所のどいつだ? まあ、良いであろう。この場にて処罰することが出来るのであれば」


「出来ます」


アスコラクは即答した。その答えに、海王は一度刀から力を抜いてアスコラクと向き合った。


「やってみるが良い―――と、言うと思ったか!」


海王の剣がアスコラクのわき腹を掠めた。海中に、赤い靄のように血がにじむ。まるで、水中花のように鮮やかに煙る。やはり海王はアスコラクの心を読むことが出来るようだった。そして、何故ツェンリャの方が先に首を狩る対象で、その夫が後なのかがようやく分かった気がした。おそらく、アスコラクは海王に勝てないのだ。つまり、海王は後回しで良いということなのだろう。再び、剣筋の読み合いを伴ったつばぜり合いが始まる。ツェンリャはただ呆然と、激しいそのやり取りを見ていた。


「カーミュ・デ・クワリとは、神の嫁の隠語か!」


女の姿をしている分剣技では力負けすると見切りをつけたアスコラクは海王とのつばぜり合いを止めて、後ろに跳んだ。そしてツェンリャのもとへ走った。海王の読心術から逃れるには、考えるよりも先に行動に出るしかない。さすがの海王もいきなり背中を見せられ、面食らっている。そしてすばやく剣を大鎌に変えると、アスコラクはツェンリャの首を一太刀に刈り取った。ツェンリャの体と頭部は砂のようになって崩れ去った。これで一つの目標は達成した。


「おのれ!」

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