14.奇跡の正体

 ツェンリャは柱にもたれかかって瞳を閉じた。一夜にして焼け落ちた石の建造物とクワリだった頃の自分の姿が目に浮かぶ。涙が出そうなくらいに絶望しているのにもかかわらず、長年のクワリとしての生活がそれを許さなかった。


「主は絶対とされている。俺に一番近い者はそれを信じて疑わない。大陸の大きな二つの国に属するものたちも、これを巡って争っている。主には力があると考えるべきだろうな。人を動かし、選定を下すと言う意味では、な」


「でも、主の加護する教会はたった一晩で!」


アスコラクは藁を一つまみツェンリャの目の前に差し出した。確かに藁にもすがりたいツェンリャの現状だが、本当にここにきて藁を掴まされるとは思わなかった。


「運が悪かったんだ」


あれが本当に大陸にあるような石造建築の教会ならば、ツェンリャは絶望することはなかった。もしかしたら、海王との結婚話もなく、アスコラクから標的とされることもなかったかもしれない。


「これは、どういう?」


ツェンリャは手にした藁を弄んでいる。指に絡め、弾き、その弱さを確かめて首を傾げる。


「それがこの町の教会の正体だ」


え、と小さく息をもらしたツェンリャは数本の藁を手にして硬直している。


「石の建築物は何年、何十年、時には何百年もかかって出来上がるものだ。上流で切り出した石を運河を利用して下流に運んで加工して、かなり大掛かりな作業だ。だから公共事業としても成り立つ。ここでそんな作業が行なわれたのか?」


ツェンリャは震えながら首を振った。この町の近くに石材に適した採石場も、石を運ぶ運河もない。海があるが、石を運んで大勢の人がその作業に参加したとも聞かない。禁教されているのだ。作業に参加すれば、政府に罰せられる。


「一年という条件で造るために、近くの材料が使われた。資金と人が不足していたから、その必要がない建築方法がとられた」


ツェンリャの膝の上に、藁の束がばらばらに落ちた。


「そんな、あれは石ではなかったと? そんなはずはありません!」


ツェンリャが見た教会はどこから見ても滑らかな石の造形物だった。触った感触も冷たく硬い石そのものだった。


「あれは藁と粘土、そして木で作られていた」

「嘘です!」


半ば悲鳴のようにツェンリャが叫ぶ。


「石は重いから支えるには太い柱が無数に必要になる。だから一年で町人全員を収容できるほどの巨大なものは造れない。無理に人が入る空間を急いで作れば柱自体の重みすら支えられない」


ツェンリャは藁を一本拾い上げ、ため息をついた。夢から覚めた思いだ。あの重厚で荘厳な建物が初めからそんなに脆弱なものの寄せ集めだったとは。


「世は無常だから美しいのでしたね」


「俺も聞きたいことがある」


「何でしょうか?」


「クワリ、とは何だ? 調査の途中でカーミュ・デ・クワリという言葉も聞いた」


アスコラクはここに来る以前、個人名の一つだと思っていた。これまでアスコラクが仕事をしていた大陸では名前をいくつかつなげるため、「クワリのツェンリャ」という標的の名前を知らされたときに、それが標的の個人名詞だと思った。しかしそれは違うのだとツェンリャ本人から否定された後に町で聞き込みをすると、カーミュ・デ・クワリという言葉も使われることを知った。「カーミュ・デ・」の後に名詞をつける文法は大陸で使われていることだ。おそらく「主」の信仰と共にこの島国にも流入したものだろう。「カーミュ・デ・」は信仰上の言葉として使用されることが多く、隠語となることが多いのが特徴であり、厄介なところだ。


「クワリは女神です。現人神というわけではなく、人を依り代にして転生を繰り返します。国の信仰ではなく、この町ではすさまじい信仰を得ています。私は以前その拠り代に選ばれ、十年以上クワリでした。初潮と同時にクワリは次の拠り代に転生するので、今の私はクワリの抜け殻です。しかしクワリだったものにはクワリの力の痕跡が残ることもあるとされ、今回の事件も……」


それきり、沈黙が降りた。人々は教会を石の建造物だと信じた。その石造建築物が一晩で消失した。そんなことができるのは、先代のクワリの抜け殻であるツェンリャでしかないと考えられてしまった。そして今にいたるのだ。

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