青い薔薇の魔女
@corona
第1話 はじめてのお仕事
「……リュナ、がんばゆ!」
セントバードの森の前で、細く長い銀色の髪を結んでいる青い薔薇のリボンを触る。去年、5歳の誕生日のお祝いにセフィルおばあちゃんがプレゼントしてくれた魔法の道具ーー青い薔薇のリボンには、ラック(幸運)の魔法がかけられており、この1年ルナの身を護ってきた。ネコさんを追いかけることに夢中になって、ちょっとだけ足下を見るの忘れて、木の根につまずいて顔から地面にダイブしそうになった時も、雨上がりの下り坂でツルンッと滑った時も、青い薔薇のリボンをしていると無傷ですんだ。
自分の名前がリュナになってしまっているのは「さしすせそ」と「らりるれろ」が、うまく言えないためである。ルナ・ウィルソン。それが、この幼い少女に与えられた名前。
(きっと大丈夫!リュナには、おばあちゃんのリボンがあゆもん)
「や……野犬なんて!こっ、こわくないもん」
スカイブルーのスカートのスソをギュッと握ると、ガクガクと震える足を1歩、森へと踏みだした。別名、野犬の森と言われるくらい野犬がよく出る。
「お歌を歌えば恐くないよね」
すっごくいいこと思いついちゃった。リュナしゅご~い!と自画自賛したところで歌い始めた。歌はもちろん、最近のお気にの森のくまさん、である。
「ある~ひー、もりのなか~♪」
(待っててね。おばあちゃん)
「くましゃ~んにであーーった♪」
(リュナ、絶対に薬草とって戻りゅかや)
「はなしゃ~く、もーーりーーのーーみーーちーー♪」
(そしたら、おばあちゃん、元気になゆって)
「くましゃんにであーーった♪」
(ママが言ってたもん!)
その辺で拾った適当な木の枝をブンブンと振り回しながら、恐さを打ち消すように元気に歌う。
(……野犬、出てこないといいなぁ)
「くましゃんの~♪」
森のくまさんが2番にさしかかったころ
『うぉぉぉおおおおおおおん!!』
「ひゃぁ……!」
斜め後ろの草むらの向こうから、野犬がものすごい勢いで走ってくる。
「いやぁあああああ!こっち、来ないでぇぇえええええ!!」
半泣きになりながら野犬にお願いするが聞いてくれるはずもなく、ルナと野犬の距離が一気に縮まる。と言っても、その距離は約30センチでとまっていた。ルナが持っていた木の枝をメチャクチャに振り回しているため、野犬もルナに近づけない。何度かルナの隙をついて野犬が近づいてくるが、メチャクチャに枝をふりまわすルナのまったく読めない攻撃に野犬は手を焼いていた。
何度めの攻防だろう。
大きく木の枝をふりまわしたルナに隙ができた。
瞬間、野犬は地面を蹴って空高くジャンプすると逆行からルナをめがけてダイブするため空中で体勢を整える。逆行の陽の光にルナの目が一瞬くらむ。
(あんなの受けたらつぶれちゃう)
逃げようとしたルナの左足は、右足の膝の後ろを思いっきり蹴り、バランスを崩したルナは地面に倒れこんだ。
「!?」
口の中に入った土がジャリジャリする。
「……もうダメ!」
(……おばあちゃん、ごめんね…………)
ギュッと目をつぶる。
(……………………………………………………………………!?あれ?)
いつまでも来ない衝撃に目をあけて起きあがる。
数十センチ先、さっきまでルナが立っていた場所には頭を地面にめり込ませ、シッポをピクピクと痙攣させた野犬が気を失っていた。
「!?えっとぉ~、よくわからないけど……まぁいっかぁ」
パンパンと服や髪についた土をはらう。
「薬草は、この先の神樹の傍だよね」
森の精霊神が住むと伝わる1年中、碧の葉っぱでおおわれた大樹を神樹と呼んでいた。森の様々な恵みは精霊神の加護によって得られると考えられており、ルナも何度も両親や、おばあちゃんと一緒によく来ては、お参りをしている。
もう少し行くと大人が手を廻してやっと1周まわるような大きな石があり、左に行くと神樹、右に行くと隣街セントバードに着く。
(もう野犬でないといいなぁ……)
「くましゃんの~、いうことにゃ~♪お嬢さーん、お逃げなさーい」
不安をごまかすように2番を歌い始めたときーーいっしゅん吹いた風に帽子が吹き飛ばされる。
「きゃぁぁあああぁぁ!!私の三角ちゃんがぁ」
三角ちゃんは三角帽子で魔法使いに憧れているルナには必須のアイテムだ。
風にあおられて、転がっていく帽子を懸命に追いかけていく。
「まっ、待って~!三角ちゃーーん!」
ハァハァと息をきらしながら拾おうとするが、ルナをからかうようにもう少しで拾えると思って手を伸ばすと、再び風にあおられて飛んで行ってしまう。
「……なんなのよ。もう!」
!?
(あれ?ここ……神樹の丘?)
開けた小高い丘の中央に神樹がそびえている。陽の光を受けた碧の葉っぱがキラキラと光を受けて輝きを増していた。神樹の傍に目的の薬草がある。
帽子を追いかけて知らない間に目的地に着いてたようだ。
ーーーー問題は、薬草の横に寄り添うように眠る野犬の存在。
(起こさないように採れば大丈夫……よね)
ソロソロと野犬に近づく。大丈夫、寝息が近くで聞こえる。
…………あと少しで薬草が採れると手を伸ばす。
!!
「うぅうううううう!」
おもむろに目を開けた野犬が唸りいきなり目の前にあらわれたルナを威嚇した。さっきまでのルナなら、逃げ出したいと思っただろう。間近でみる野犬は、ルナの背よりも大きく強そうに見える。でも、目の前の薬草がないと大好きなおばあちゃんが、熱が下がらずに苦しみ続けることになる。髪を結んでいる薔薇のリボンをさわると勇気をもらえた気がした。
「負けないんだから!」
目の前にある薬草を届けるため、ありったけの勇気をふりしぼって、おばあちゃんに教わったばかりの魔法の詠唱を始める。
「アイスボーユ!!」
直径5~6センチの氷の珠が、連続で野犬にダメージを与えた。
「キャウゥウン!」
前に進もうとする野犬の鼻先に3センチくらいの氷珠を容赦なくぶつけていく。自分の体温で溶け始めた氷水が鼻に入り、野犬は盛大に咳き込んだ。
「とくだーいっ!アイスボーユ!!」
連続ではなく、一発に凝縮することで威力を高めていく。そうして作られた小さな氷の粒の塊が、大きな氷の珠になって咳き込んでいる野犬にもろに入る。「ギャゥウウウウウウン!!」
氷の珠に吹き飛ばされた野犬の悲鳴が遠くなっていった。
「ハァハァハァ……」
野犬が近くにいないことを確認すると荒い呼吸を繰返しながら、力が抜けたように座りこんだ。
(こっ、恐かったーー!)
数分後ーーーー
震えている足をむりやり立たせると目的の薬草を摘むと近くに落ちていた帽子を拾った。
「ありがとう、おばあちゃん」
今までと変わらず護ってくれたおばあちゃんのリボンにお礼をいう。
それから神樹の方に向き直ると、ペコリと頭をさげた。
覚えたての魔法は、まだ氷の粒が精一杯だったはずで……。
精霊神とこの場所ーー神樹の丘が助けてくれたのかもしれなかった。
「ルナ!」
「ママ?」
「もう。遅いから心配したのよ!」
そう言うとママは、ルナを強く抱きしめた。
「……ごめんなさい」
「いいのよ。あなたが無事だっただけで。早く帰りましょう」
「……うん。頼まれてた薬草、採れたよ」
「えっ?」
カゴいっぱいに摘まれた薬草を自慢気にみせる。
「スゴイわね。これなら、いいお薬ができるわ」
「ほんと?おばあちゃん治る?」
「えぇ、もちろんよ。ありがとう、ルナ」
「えへへ~♪」
「晩ごはんは、ウサギのローストにしましょうね」
「やったぁ♪」
ママの作るウサギのローストは世界一おいしい。香ばしいにおいを思い出すと顔がにやけてくる。
後に青い薔薇の魔女と呼ばれる彼女の初めてのお仕事は、ウサギのローストという報酬とともに終わりを告げた。
青い薔薇の魔女 @corona
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