<5> 雨の夜更け
雨の音がする。
ギルエンの立ったハイリンカの通りは、石畳を激しい雨が打っていた。
アルゲイに知られず、ティユーシャにここへ送り届けてもらうのは、造作もないことだった。彼女は別の場所に待っている。必要なことを済ませたら、またすぐにイントラットに戻るつもりだった。
灰色の長衣に身を包み、ギルエンは夜の町並みを歩き出す。
探す必要なんてなかった。ただ、引かれる方向へ進めばいいのだ。
自分の心臓の位置へ。
窮屈な家がひしめき合うように立ち並ぶ狭苦しい通りに、ギルエンは自分の心臓の音を聞いた。間近に聞くのは何年ぶりだろうか。久しく忘れていた。心臓がないことに、慣れすぎていて。
そして身体の血が巡り初め、柄にもなく気持ちが高揚するのがわかった。でも今は、このハイリンカで余計な騒ぎを起こすつもりはなかった。
窓を叩く。わずかな気配を感じさせる。心臓が動く。そこから立ち去る。
それで充分だった。
心臓は成長していた。そして今はその持ち主である彼も。
懐かしさと同時に、後悔が襲ってきた。久しぶりの感情の動きと変化に、ギルエンは紛れもなく彼が、目の前に触れた彼が自分の心臓を持っていることを、六年の歳月を経た今になってまた、改めて感じないわけにはいかなかった。
彼は短刀を取り出す。これはかつて、自分が彼に渡したものだ。これを目の前に差し出せば、彼が苦しむだろうとわかっていた。
それで彼がすべてを諦め、アトレイに戻ってくれればそれが一番良いと思ったのだ。
それが自分の中での決着だった。
あの頭上に太陽の輝く島で、彼の過ごした日々の全ては、彼にこれを渡せば終わる気がした。
でも、同時に。
本当は忘れてほしくないのだということに、自分でも気づいていた。
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