第7話 出会いと対立
「にゃっ……!?」
いちごパンツ――否、いちごパンツを履いた女の子がこちらの存在に気付いたらしく、鳴き声だか驚声だかわからない声を上げる。
あまりに突然のことに、衛は為す術もなく押し潰され……はしなかった。
「よっ……と」
冷静に一歩ステップバックし、落ちてきた女の子を両手で柔らかく受け止める。
特に意識したわけではないが、結果的にお姫様抱っこのような形になってしまった。
「おい、大丈夫か?」
腕の中にすっぽりと収まった小柄な女の子に声をかける。少女は何が起きたのか把握出来ていないらしく、大きく見開かれた夕焼け色の瞳をこちらに向けるばかりだった。
(ん……?)
とそこで、衛の中に妙な既視感が生じる。この顔……どっかで見たような……。
「だだだ誰だお前! 放せ! 下ろせ!」
内心そんな疑問を抱いていると、はっと我に返った少女がジタバタと暴れ始める。真っ赤なポニーテールが激しく左右に揺れた。
「人の上に降ってきておいて随分だな、いちごパンツ」
「にゃっ!? み、見たなこのヤロー!」
衛がむっとした顔でそう言うと、いちごパンツの少女は顔を真っ赤にし、両手で制服のスカートを押さえる。
見たんじゃない、見えたんだ。むしろ見せつけられたと言うべきか?
「ラ、ライラちゃん。そんなところから飛び降りたら危ないかな、危ないかな」
「まるで猿……」
とその時、頭上で二人分の声が響いた。見上げると、階段の手すり越しに二人の少女がこちらを見下ろしている。どちらも見覚えのある顔だ。
「はわっ……に、人間さんだ! 人間さんだよ、ルーちゃん!」
「学園の制服……どこの学科……?」
こちらを見るなり、あわあわと慌てふためく金髪の少女。それとは対照的に、隣にいる青髪の少女は冷静にこちらを観察している。
そうだ。ようやく思い出した。この三人が……。
「ルー、フィオナ、下りてこい」
叶恵が手招きするのを見て、思い出したように階段を下り始める二人。
その間に衛がライラを床に下ろすと、彼女はすぐさま後方に大きく跳躍し、警戒心全開の瞳でこちらを睨みつけてくる。まるで全身の毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。
「さて、全員揃ったな」
叶恵の言葉通り、ライラ、フィオナ、ルーの三人が目の前で横一列に並ぶ。
清賢学園の女子制服は非常に自由度が高く、最低限身に付けなければいけないのは青と白を基調としたノースリーブのブラウスとミニスカートだけ。残りは学園指定の品を個々人が自由に選択出来るらしい。実際、フィオナは青のケープ、ルーは膝上まで覆う黒のストッキングを着用していた。
「紹介しよう。彼が今日からSP学科の指導教官を務める護堂衛。残念ながら私の息子だ」
「残念ながらってどういうことだ、おい。まぁ、そういうことだからよろしくな」
一応ツッコミを入れてから、なるべくにこやかに挨拶する。が、三人は揃って怪訝な顔をし、頭上に『?』マークを浮かべていた。
「……お前、歳いくつ?」
三人を代表するかのように、ライラが質問を口にする。
「15だ」
「15!? あたし達と同じじゃねーか! 先生って普通、大人がやるものだろ!」
「そうなのか?」
「そーだよ! とぼけんな!」
「そう言われてもな……。俺は学校に通ったことがないから知らないんだ」
「へ……?」
困ったような顔で苦笑する衛を見て、目をパチクリさせるライラ。
一方、右隣のルーはさらに眉根を寄せ、衛に疑いの視線を向けた。
「それはおかしい。日本には九年間の義務教育制度が存在しているはず」
「まぁ、そうなんだが……こいつの場合は少し特殊でな。学校に通ったことがないのは本当だ。だが、心配するな。腕は立つ。指導力も大丈夫だろう……多分……」
段々と尻すぼみになっていく叶恵の声に、三人の表情がますます曇る。
おい。フォローするなら最後まで責任もってやってくれ。それじゃ逆効果だろうが。
「ともかく、そういうわけだ。色々不安に思うところもあるだろうけど、俺なりに精一杯やるつもりだから。改めてよろしく頼む」
その場の重い空気を打ち消すような明るい調子でそう言って、頭を下げる。
事情を話さずライラを護衛するためには、指導教官という立場が必要不可欠。多少、不本意ではあるが、しばらくは下手に出ておくこととしよう。
そう思っていたのに……
「……ま、そこまで言うならいーけど。けど、同い年の人間でも出来るんなら、SPって簡単そーだな!」
その言葉を聞いた瞬間、衛の表情が一変した。
隣に立つ叶恵があちゃあ、とばかりに右手で顔を覆う。
「おい……調子のんなよ。ちょっと運動が出来るだけの、知識も技術もないド素人に務まるほど、SPは甘い仕事じゃない」
「……んだと?」
ドスのきいた声で威圧する衛に対し、ライラも負けじと睨み返す。
たちまち、二人の間に険悪なムードが漂い始めた。
「あわわわ……ふ、二人とも怖いかな、怖いかな」
「でも……これはこれで面白い」
「ルーちゃ~ん……」
涙目になってオロオロするフィオナと傍観を決め込むルーを尻目に、衛とライラはバチバチと互いの視線を交錯させる。その様子はさながら龍虎の戦い……というほどの迫力はなく、せいぜい縄張り争いをする犬と猫くらいのものだった。
「そこまで言うなら勝負しろ、このヤロー!」
「いいぜ。叩き潰してやるよ」
びし、と人差し指を突きつけて宣戦布告するライラに、衛は不敵な笑みを返す。
護衛対象を叩き潰すなど本来、SPとしてあってはならないことなのだが、頭に血が上った衛はそこまで思い至らなかった。
「待て待て。落ち着け、二人とも」
見るに見かねた叶恵が、やれやれといった様子で二人の間に割り込む。
「ここでお前達が私闘を演じて何になる。そういうことは全員でやれ」
「全員……?」
「そうだ。あれこれ言い争うより、実力を示した方がわかりやすいだろう。それに、お前も彼女達の力を見ておきたいはずだ。違うか?」
「……確かにな」
諭すような口調でそう言われ、熱くなっていた頭の芯が急激に冷えていく。
叶恵の言う通り、どうせ勝負するのならこれを利用しない手はない。今後の指導のため、三人の実力を自分の目で確かめる良い機会だ。
「けど、場所はあるのか? ある程度の広さと、後は遮蔽物が欲しい」
「それなら植物園を使え。オープンは明日からだから、今は無人だ」
「OK。なら、30分後にそこへ集合だ。入口からスタートして、三人の内誰か一人でも無傷で出口に辿り着けたらそっちの勝ち。学校の備品なら武器でもなんでも自由に使ってよし。単純だろ?」
「わわわわわたしもですかっ!?」
「なんでルーまで……」
巻き込まれた形のフィオナとルーが異論を唱えるが、衛は聞こえないふりをして一度床に置きかけたボストンバッグを再度肩に担ぐ。そして、ライラに挑発的な微笑を向けた。
「逃げんなよ。もし逃げたら、お前がいちごパンツ履いてることを学校中に広めてやる」
「逃げねーよ! それに、勝負する時はちゃんと勝負パンツに履き替えるしな!」
「……お前、勝負パンツの意味わかってないだろ……」
思わずげんなりしてツッコむ衛に対し、きょとんと首を傾げるライラ。その隣ではフィオナがリンゴのように顔を赤くして俯いていた。
「まぁいい。じゃ、また後でな。それと、三人でちゃんと協力するように。一人一人じゃ相手にならないからな」
そう言い残すとくるりと振り返り、SP学科の校舎を後にする。
背後でライラが何やら文句を言っていたようだが、衛はそれ以上相手にしなかった。
星霜のリトルガーディアン もっち~ @hiromochi
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