第6話 お約束のあれ
二度目の亜空間転送で教育ブロックに移動し、そこからさらに歩くこと約15分。
二人はようやく、目的地である清賢学園の正門前に到着した。
「……でか」
どこまでも続いていると錯覚してしまうほど広大な学園の敷地を見て、衛はつい感嘆の声を漏らす。遠くに校舎と思われる建物が複数見受けられるが、正門からの距離は目測で100メートル以上はあった。
「廃校になった三つの学園を取り壊し、その跡地に建設したものだからな。教育ブロックに学校が集中する星霜都市だからこそ可能な超巨大学園だ。各学科に独立の校舎があるほか、スポーツ施設やレジャー施設等も完備している。まぁ、本格的に遊びや買い物を楽しみたいのなら商業ブロックに行くべきだがな」
「ふ~ん……」
叶恵の説明を右から左に受け流しながら正門を通過し、学園の敷地に足を踏み入れる。
正門には守衛等の姿はなく、指紋や声紋のチェックもなかった。
「……なぁ、この学園のセキュリティって大丈夫か?」
「なんだ、やぶからぼうに」
「いや、銃火器を所持してる人間がノーチェックっていうのもな……」
装備一式の入ったボストンバッグを掲げ、衛は軽く眉をひそめる。
BDが学園内で襲ってくる可能性も否定出来ない。セキュリティレベル如何によっては、独自に対策を講じておく必要がある。
「ああ、そういうことか。正門の手前には監視カメラと各種センサーが設置されている。事前に登録した者以外が通過しようとした場合はすぐに門を閉じ、守衛に知らせる仕組みだ。銃火器等危険物の持ち込みも事前に申請してあれば問題ない。登録していない者は別の入口から入って貰う」
「その別の入口とやらのセキュリティは?」
「武装した守衛が五人以上常駐している。他にも、可能な限りの警備態勢は敷いたつもりだ。もっとも……BDが本気になれば、どれも簡単に破られてしまうだろうが」
「そこまでは期待してない。異変さえ知らせてくれれば十分だ」
どうやら、標準以上のセキュリティは備えているらしい。ただでさえ手強い相手だというのに、知らず知らずの内に近づかれては、それこそ手の打ちようがない。
「ところで衛。事前に送っておいた資料には目を通したんだろうな?」
白衣をなびかせながら隣を歩く叶恵が、ちらりと確認するような視線を送ってくる。
衛は一瞬、何のことかと思案したが、すぐに彼女の言う資料の中身を察した。
「生徒のプロフィールだろ。一通りはな。つか、あれに載ってた格闘能力やら射撃能力やらは誰がどう判断してるんだ?」
「何だ、知らんのか。日本のSP養成学校では、学生の能力を『格闘能力』『射撃能力』『情報技術』『危機察知能力』の四項目に分けて評価している。各評価はS~Dの五段階。全国共通実技試験の成績を元に、立ち会った試験官の主観的評価を加味して最終的な判断が下される。お前も先月受けただろう?」
「先月……? ああ、入試代わりとか言ってたあれか」
言われてみれば、いかにも高そうなスーツを着た男の前でいくつかの課題をやらされた記憶がある。あれが全国共通実技試験だったのだろう。SP養成学校は日本各所に存在するが、衛は一度も通ったことがないため、試験のことも評価基準のことも知らなかった。
「そういうことだ。そういえば、まだ結果を知らせていなかったな」
叶恵が白衣の内ポケットに右手を突っ込み、中から10センチ四方くらいのタブレットを取り出す。そして、ちょいちょいっと操作を加えると、すぐ衛に手渡した。画面には衛の顔写真と簡単なプロフィール、そして試験の結果が表示されている。
『格闘能力:S 射撃能力:S 情報技術:A 危機察知能力:A』
「指導教官の面目躍如、というところか?」
「別に。親父ならオールS……いや、SSだよ」
そっけない答えを返す衛に、叶恵は「まぁ、そうかもしれんな」と苦笑する。
「そのタブレットはそのまま持っていろ。生徒に支給される備品だ。連絡事項等は以後、それで確認して貰う」
「了解。けど、これ日本製だろ? 星霜都市製ならもっといい物があるんじゃないか?」
「そこは大人の事情だ。学校運営には金がかかるからな」
恐らく、開発元がスポンサーとして出資しているのだろう。
衛はそれ以上何も聞かず、タブレットを制服の内ポケットに突っ込んだ。
「それにしても、随分歩くな。SP学科の校舎ってそんなに遠いのか?」
中央に噴水が設置された円形の広場を横目で眺めつつ尋ねる。
先程、正門前から見えた巨大な校舎群はとっくに通り過ぎていた。
「一番端だ。正門からは徒歩で20分ほどだな。足腰が鍛えられていいだろう?」
「……なんかごまかしてないか?」
探りを入れるような視線を向けるも、叶恵は無言。が、微妙に視線を逸らしたようにも見えた。なんとなく嫌な予感を抱きつつも、衛はひとまず実物を見てみようと決め、黙って叶恵の後に続く。そして、
「着いたぞ。ここがSP学科の校舎だ」
「……おい」
はたして、その予感は的中した。
目の前に建っているのは、台風が来ればあっという間に吹き飛んでしまいそうなプレハブの二階建て。出入口の横に備え付けられたプレートには『えすぴーがっか』と平仮名で記されている。
バカにしてんのか、コラ。
「心配するな。見た目はアレだが、設備は揃っている。地下には射撃場や格闘場もあるぞ」
「だからって、他の学科の校舎と差がありすぎだろ!? 明らかに差別だ!」
「仕方あるまい。何せ、生徒が三人しかいないからな。必然、予算も少なくなる」
「それはわかるが……あのプレートとかどうみても悪意ありありだろ!」
「何を言う。私の渾身の一筆だぞ?」
「あんたの仕業か!」
怒濤の三連ツッコミを入れ、衛はぜぇぜぇと荒い息をつく。指導教官という立場は所詮建前に過ぎないとはいえ、この惨状にはさすがに文句の一つも言いたくなった。
「いいから入れ。生徒達もお前の到着を首を長くして待っているぞ。……多分」
「聞こえてるぞ。ってか、今時手押しドアかよ……」
「校舎を出入りする度に腕力を鍛えられて一石二鳥だろう?」
「はいはい」
叶恵の屁理屈に諦念のため息を漏らしつつ、校舎の中に入る。内装も外装と同じく無駄のないシンプルな造り。だが、建築されたばかりということもあり非常に清潔だ。あれこれ物がない分、清掃も楽だろうし、プレハブ校舎も案外悪くないかも知れない。
「ふむ……やはり安っぽい造りだな。まぁ、あの工事費ではこんなものか」
「あのな……」
背後から聞こえてきた身も蓋もない感想に、衛は思わず肩を落とす。
ひとが内心で必死にフォローしてんのに……ちょっとは空気を読め。
「まぁいいや……。で、生徒達はどこに?」
半身になって振り返り、そう尋ねる。すると、叶恵はすっと人差し指を上に向けた。
ほとんど条件反射で顎を上向ける。
「なっ――――!?」
上から、いちごパンツが降ってきた。
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