第6話
幸蔵の葬儀はしとやかに行われた。暗い曇天、小雨が降り続く中、ゆっくりと葬儀場の煙突から白い煙が天へと昇って行った。
「幸見さん、あなたはこれから私をどうするの。」
幸見は静かに傘を私に差し出しながら、意を決したように滔々と話し始めた。
「貴女はもう、好きに生きて構わない。僕があなたの寄り辺となりましょう。・・・ただ、願はくば、この家にいてほしい。」
「・・・。」
「僕を、愛さなくてもいい。ただ、貴女が笑っていてくれるなら。」
「ここには住めないわ。・・・ここから近いところに、アパートを借りて住もうと思う。」
「琴代さん。」
「私はあなたを恋人として愛すことはない。でも、二十三年も前から愛しい息子だと思っていたわ。今までありがとう、ゆきちゃん。」
私の愛しい息子。この体ではないけれど、確かに私が生んだ愛しい子。この日ノ本で暮らしていることは分かっているのだから、見つけてみせる。
「私は息子を探す。見つけたら、これからあの子のために生きていく。」
大丈夫、当てはある。あの、すれ違った白衣の男。さあ、私の欠片を探しに行こう。私はもう、自由だから。
「幸見様、本当によろしいのですか。菊花様、出てってしまわれますよ。」
美貴は心配そうに窓と、幸見のほうを交互に見ている。
「いいんだ。四片君を見守る菊花さんを見守るのが、僕の幸せなのだから。」
菊花はオレンジ色のキャリーを引いて龍禅寺邸を後にする。
龍禅寺家を出たその足で、菊花はあの再巡寺に来ていた。仁秋と相対した菊花は、ボールペンを拾ってもらったお礼を述べ、続いて龍禅寺家でのことの顛末を話した。
仁秋はただ静かにそうか、と言ってほほ笑んだ。
「私は息子を探そうと思っているんです。」
その言葉に、仁秋は少し驚いた様子であった。
「行方はまだ、分からないのか。」
「はい・・・。」
そうか、と何か考え込んでしまった仁秋だが、にこりと笑うと
「すぐに見つかるさ。親子の縁ほど強いものはない。」
と励ましてくれた。
「ありがとうございます。」
勝手口の方で、若い男の声がする。
「どうやら、息子が帰ってきたみたいだ。今日は隣町で法事があってな。代わりに行ってもらっていたんだ。最近、腰が痛くてかなわなくてな。」
「そうでしたか。お大事になさってください。では、私はそろそろ。」
菊花はそう言って再巡寺を後にした。バタバタと、勝手口の方で二人分の足音がした。仁秋はそちらへ向かうと、法事へ行っていた白春と東都の大学に通う、四片がいた。
「おや、珍しいな。四片。二月に帰ってくるなんて。」
「今日、大学のテストが終わってさ、そのまま帰ってきたんだ。今週帰らないと、また来週から若正先生の実験に参加しなきゃいけなくてさ。」
そういって、さっさと靴を脱いで家に上がる。
仁秋は心底驚いていた。親子の縁とはなんと深いものだろうか。そして、本当に二人を会わせなくてよいのだろうかと思った。
雨の強いあの日、門の前に捨てられていた一人の幼子。傍らには、母親と思しき女性からの手紙だった。そこには「絶対に、この子を肉親に合わせないでほしい」と書かれていた。名前はなかったどこの誰が母親かは分からないが、仁秋は菊花に出会ったことで確信していた。あの幼子の母親は、菊花、いや、琴代だと。
四平と名付けられたその幼子はこうして立派な一人の青年へと成長した。すれ違ってはいるが、二人はそのうちきっと再会するだろう。そう、静かに仁秋は願った。
門を出たところで、菊花は季節外れの一輪の花を見つけた。
「まあ、紫陽花だわ。私、この花が一番好きなのよね。」
終わり
四片:アジサイの別称。
何度でも、地獄 文字ツヅル @kokoga
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