第5話

 菊花は手伝うと言ってくれた森山さんや幸見を部屋から追い立て、幸蔵に一言、話があると言って追い出した。いつものように菊花は支度をして、着物に着替えた。

 リビングで菊花を待っていた三人に今度ははっきりと言った。

「私はすべてを思い出しました。・・・私の本当の名前は龍禅寺琴代。幸蔵さんの奥さんだった。でも、幸見さんは私の実子ではない。私の子供はあの日から行方知れず・・・ね。」

 幸蔵も幸見も息をのむのが伝わってきた。




私が小さいとき、この屋敷は私の家ではありませんでした。幼い私を連れて母がここに来た時、私は庭に出ていた貴女を見たのです。ああ、なんて美しい人なんだと思ったんです。母は、貴女を見つけると般若の様に歪み、父を見つけると私を置いて詰めよっていきました。一人になった私に優しく声をかけてくださったのは貴女だった。

「私は、琴代。君、名前は何というのですか?」

「おおさわゆきみです。」

「そう、幸見君もゆきが付くのね。じゅあ、ゆきさんと一緒だわ。」

 般若にゆがむ母の顔を見て、「ああこの人には母は敵わないのだ」と悟りました。そして、美しい貴女に父同様、好きになってしまったのです。これが僕の叶わない初恋です。父と私はただ、もう一度貴女に会いたかった。ただ、それだけだったんです。


 そして、私の母は琴代さんともみ合って殺してしまった。琴代さんの実の子供は、母が龍禅寺家にやってくる前に、琴代さんが隠してしまったみたいなんです。聡い人でしたから、きっと母が琴代さんに何かすると分かっていたんでしょう。



 幸見の話で、私の中の全てがはじけ、つながっていくのが分かった。

「私は・・・私は死んでいるのね。・・・何度も。」

 幸蔵は眼を伏せながらつぶやいた。

「ああ。君は二十三年前に亡くなってから、体を何体も乗り換えて、そして何度も死んでいるよ。」

 幸蔵は琴代を愛して愛して愛して、狂ってしまった。

「でも、何度でも何度でも、私が琴代を生き返らせてみせる。」

 やっと分かった。私が生き続ける限り、この男は何度も何度も私を生かそうとする。ここは地獄。私が亡くなった直後、たまたま屋敷に連れてきていた、銀縁眼鏡の男――若正という若い博士が言ったという。「このままなら、彼女は死に絶えるが、私なら彼女を生かせる。」と。そして、その男は別の女性の体を用意し、私の魂を移植した。その男は不老不死の研究では第一人者で、当時、研究で魂を取り出す術を発見し、世界的なニュースとなっていた。幸蔵は早くから彼に目を付け融資をする代わりに、早々に魂を移植する行為を医療目的として商品化するつもりだった。私は、他人の体が自分のために使われているとわかると、自責の念で精神に異常をきたし、自殺することを繰り返していたのだ。自分が生きるために他人の体を使うなんて正気の沙汰ではない。

『もう、これ以上私を生かさないで。』

この言葉は文字通り、私はとっくにこの世に未練なんかなかったのに、私に執着した人々が背負った業についての断罪だったのだ。



 私は体と拒絶反応を起こし、何度も自殺を繰り返すのだという。そして十体目のこの体にやっと落ち着いたと思ったら、記憶を失っていた。

「十体目は特別なんだよ。君自身だから。君の細胞から作り上げた体なんだ。だから、拒絶反応もなかった。今度はうまくいったんだ。」

 幸蔵は確認するように何度もそう口にした。そのくせ、最後は不安そうな表情を浮かべる。突然、幸蔵はせき込んだかと思うと、血を吐いた。そのまま倒れこみそうになったのを菊花が支える。幸蔵のその体は震えている。

「もう、自殺しないよな。」

「しないわよ。だって、十体目は特別なんでしょう?」

先ほどまで震えていたのが嘘のようだった。彼もまた、疲れていたのだ、愛しい人を繰り返し亡くすという地獄に。幸蔵は満足そうに、微笑んだ。


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