第83話 終幕。そして……

「帰ってきた青髭は、妻が禁断の部屋を見てしまったことに気づく。そして、自分との約束を破ったことに怒り狂い、彼女を殺そうとした。しかし、彼女の兄達がやってきて、青髭を殺し、助かるという話だよ」


殺そうと思った相手も殺せず、あろうことか自らが殺されるとは。愚の極みだ。


「くだらんな」


毒づく俺の耳に、凍てつく氷のような執行人の声が響く。


「青髭の愛が何か分かるか?『自己愛』だ。自分が可愛いだけで、どんな女も愛せなかった。そう、まるで、お前のようだな。黒崎」


不意に、執行人はローブの中から鋭い光を放つ長い刀を取り出すと、吊るされた俺の首に押し当てた。


「自分の思い通りにならないから、瑞穂を殺した。そんなもの本当の愛じゃない」


鋭利な刃先が首筋に刺さってくる。


「お前……一体、誰なんだ?」


首を這うように一筋の生温かい血が流れるのを感じながら、俺は聞いた。


「お前には『一番最初』に教えてやるよ、黒崎秀一」


そう言うと、執行人は、今まで顔を覆っていたローブに手を掛ける。


いくつかの燭台で照らされた薄暗いフロアに、殺人鬼の素顔が浮かび上がった。


「……!?何で、お前が……!?」


その両目は、柔らかさは微塵もなく、声と同じような無機質な冷たさだけを湛えている。


「瑞穂は、魂の片割れ。瑞穂が死んだ時に私の心もまた死んだ……。あの子のいない世界は、全てが色も意味も失い、埋めようのない絶望だけが、私を襲った。だが、瑞穂を殺した悪魔を殺すまでは、私は生きなければならなかった。屍となっても……お前だけは許しはしない。瑞穂を引き裂いた苦しみを味わえ、黒崎……!!」


そう言うと、執行人は憎悪のこもった両目で俺を射抜きながら、刀を高く振り上げ、勢いよく振り下ろした。


デタラメにぶちまけた絵の具のような大量の鮮血が、宙に広がる。ああ、まるで映画を観ているようだ。


真っ赤な視界の中、俺の心は、違う風景を見ていた。


いや、ずっと。


この風景を見ていた。


ずっと雨が降っていた。


雷鳴と、濁流と、両足にまとわりつく泥。


瑞穂を殺したあの日から、ずっと雨が止まなかった。


額を、肩を、背中を打ち付ける無数の雨。


土砂降りの雨の中、黒い泥を溜めた両目で見つめる瑞穂が、いつでも俺を捉えていた。


何処にいても、何をしていても。


ずっと雨が降っていた。



『秀一君』



不意に響いてくる、鈴を転がしたような澄んだ声。


雨と血まみれの視界が、ふと開けて、柔らかい日差しが差し込んでくる。


(瑞穂)


そこには、泥まみれじゃない、あの頃の綺麗な瑞穂が立っていた。


『お帰り』


瑞穂は優しく微笑む。


あの日から、ずっと降り続けていた雨が。


今やっと上がった。







※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※








「……っ」


暗闇の中、私は目を覚ました。落下した衝撃で、体の節々が痛い。よく見ると、向こうの方に扉があり、そこからわずかに明かりが漏れている。


「うぅ……ん……っ」


私は痛む体をゆっくり起こすと、光の射す方へ歩いていった。


そして、壁の扉を開けると。


そこは、上から大きなシャンデリアの吊るされた明るい大広間になっていた。床一面に深紅の絨毯が敷かれ、まるで舞踏会でも開かれそうな美しい室内。


壁面には、ダウトゲームにも出てきた、赤ずきんや白雪姫、シンデレラ、ラプンツェルなど、様々な童話の絵が描かれている。


そして、私は信じられない光景を目の当たりにする。


「えっ……!!どうして……!?」


 







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