第81話 再び最終ゲームへ
全身雨を受けながら歩く瑞穂の背中に、ほどなく追い付く。俺は彼女の肩に手を掛けて、耳元で囁いた。
「今日も傘を忘れたの?」
「……!」
振り向いた、驚きに見開く彼女の両目が、俺を捉える。俺は彼女の肩に掛かったショールを剥ぎ取った。
そして、両手を使って軽く捩る。
「あの時も、君は傘を忘れて、俺の傘に入ったね」
俺は彼女の首に、抜き取ったショールを素早く巻き付けた。
「!?しゅ、いち……っ!」
突然の俺の行動に、瑞穂は成す術もなく、自らのショールに、ギリギリと首を締められていく。
「ぐっ……!」
苦しさに、彼女は巻き付く凶器を精一杯両手で解こうとした。
「今日も、俺は傘を持ってきていた。でも、今手元にはない。なぜか分かるか?停めた自転車に乗せたまま忘れてきたからだ」
ショールに力を込める。
「君に会えることで、頭がいっぱいだったから」
「んぐっ……!」
彼女の苦しげな表情が一層歪んだ。
「瑞穂……。君は俺の世界を壊していった。嫌じゃなかった……。君に壊されるなら」
だが、君は。
俺の世界を壊すだけ壊して、逃げようとしている。
心変わりして。
「なぜだ、瑞穂?なぜ心変わりした?なぜ俺から逃げる?」
瑞穂の手が、俺の手首を強く掴んできた。
意外に力が強かったんだね、瑞穂。
そういうところは瑞貴に似ているな。
「俺から逃げるなら……俺の物にならないなら……」
壊れろ、瑞穂。
今度は、君が。
俺は、細い首に巻き付いたショールを一層強く締め上げる。
必死に力を振り絞って抵抗していた瑞穂だったが、少しすると、ぴたりと動かなくなった。
雷鳴は、もうすぐ側で鳴っている。
時折雨を縫って、鋭い閃光が辺りを照らした。
俺は泥々になった草むらに腰をつくと、胸の中に瑞穂を抱く。見開いた目と口をそっと、閉じてやった。
「瑞穂……」
そして、激しい土砂降りの中、初めてのキスをした。
それから俺は、瑞穂の体を泥の上に横たえると、顔と首筋にショールをそっと掛ける。
「瑞穂」
もう一度だけ名前を呼ぶと、俺は降りしきる雨の中、濁流に荒れ狂う川を後にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「瑞穂の遺体は、翌日発見された。俺はすぐに捕まると思っていたが、あの夜の激しい雨は、俺の痕跡を流し去り、捜査は難航した」
黒崎さんは、そこまで言うと、細い眼鏡のフレームを押し上げる。
「だが、状況から瑞穂が殺されたことは明白だ。当然犯人探しがされる。瑞穂との付き合いは、極力人の目に触れないようにしてきたが、それでも誰かが見て覚えていて、いつか、俺にたどり着くかもしれない。では、どうしたら、俺の犯行を隠せるだろうか。そこで、俺は考えた」
冷たい光が、眼鏡の奥の瞳に灯る。
「木を隠すなら、森だとね」
……森?どういう意味だろう?
瑞穂ちゃんは、連続殺人事件の被害者。
連続殺人……。
まさ、か……?
「瑞穂を殺した動機を隠すためには、全く関係のない人間も殺せばいいのだと」
「!!」
そんな……!?瑞穂ちゃんを殺した動機を知られないために、他の生徒達も殺したってこと!?
「それぞれ全く接点のない女子生徒達を選び、殺していった。瑞穂の時に倣い、ひどい雨の日を狙ってね。俺の思惑は見事に成功した。被害者達に共通点がないため、快楽殺人犯の線が濃厚になった」
黒崎さんは薄い笑いを浮かべた。
「まさか、こんなゲームで犯行を暴露するとは思わなかったがな」
……ひどい。ひどすぎるよ。
瑞穂ちゃんが亡くなった理由も……。
他の生徒達が亡くなった理由も……。
何もかも、この人の身勝手な犯行じゃない!!
「もう、いくらも残り時間がないね。どうする、笹原さん?一発逆転を狙って、試しにダウトしてみるか?」
ククククッと、おかしそうに黒崎さんが笑った。
……そんなダウトあるわけないじゃない。
こんなダウトに勝つダウトなんて、あるわけないじゃない!!
私はふと上を見上げた。
あんなに死ぬのが怖かったけど、もうどうしようもないことを悟ると、急激に心が冷めていくのを感じる。
(陸斗……)
ごめんね。私、助けられそうにない……。
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