第80話 降りやまぬ雨16
10分ほど経ち、背後で草を踏む音がしてくる。振り返ると、久しぶりに見る瑞穂が、そこに立っていた。
今日は少し肌寒いからか、肩にショールを掛けている。
「久しぶり……」
小さな声で彼女が言う。
「ああ、久しぶり。少し痩せたんじゃないか?」
元々華奢な体つきだったが、あれからさらに細くなったように見える。きっと、会わない間に、いろいろあったのだ。
彼女を守りたい。彼女を守れるのは、俺だけだ。
「何でも言ってくれ、瑞穂。遠慮するな」
俺は優しく言う。
だが、少しの間の後、瑞穂の口から出たのは、予想もしない言葉……。
「秀一君。別れてください……」
遠くの空から微かに雷の音が聞こえ、水気を含んだ冷たい風が、俺達の間を吹き抜ける。
「……」
頭の中が一瞬白紙になった。
……別れる?
どこから、そんな話になったのだろうか。
「瑞穂。話が見えない。どういうことだ?」
遠くで雷鳴が鳴っている。
「この数ヵ月、ずっと……ずっと考えてました……。どうしたいのか、どうするのがいいのか……いっぱいいっぱい考えました……」
うつ向きがちな彼女の細い肩が震えている。
「やはり、分からない。唐突すぎて……俺自身が整理できない。説明してくれ。何がいけないんだ?」
俺の何が……?
他愛のないラインも、電話も。
学校終わりに会うのも。
君のためでもあったし、俺のためでもあった。
君を脅かすストーカーも退けた。
君を守ってきた。
君のために、時間も。
心も。
費やしてきたつもりだ。
これ以上、何が欲しかったんだ?
何が足りなかったんだ?
「最初は……私が文化祭のことで他の男子と話したことを怒られたことでした……」
「?当然だろ?俺達は付き合ってるんだろう?」
「そ、そんなの、おかしいじゃないですか……!話しただけですよ?決して浮わついたやり取りとかじゃなくて、ただの学校行事の話です!……そんなの、して当然じゃないですか!?」
初めて聞く彼女の怒鳴り声。
あの鈴のような声は、どこにいったのだろう?
何だか今は、耳障りだ。
「それから、決定的なのは、篠沢さんのことです……!」
「篠沢?君を脅かす存在だから、ちゃんと排除しただろう?」
「排除って……。確かに怖かったし、嫌だったけど……あんなにすることないじゃないですか!?あの時のやり取り、遠目だけど、全部見てました!あんまりじゃないですか、あんな蹴ったりして……!」
ああ……耳障りだな。
何でだろう?
あんなに好きな声だったのに。
雷鳴はますます近づいてくる。
「不登校になったことも、嬉しそうにラインしてきたり……。いくら……いくら、ああいうことしたからって、酷すぎます……!」
彼女のざらついた声は、いつしか涙が混ざっていた。
「……分からない。君が何が嫌なのかが理解できない」
「……分からない、ですか?こんなに言ってるのに……まだ分かりませんか?」
瑞穂は、絶望したように両手で顔を覆う。
「やっぱり……無理、です。好きだったけど……もう無理なんです」
「……」
何を言ってるんだ?
瑞穂の言葉が理解できない。
「もう終わりなんです」
降りだした雨の音に、彼女の声が混ざる。
「ありがとう。さようなら……」
何も整理できない俺を置いて、瑞穂は一瞬だけ悲しい視線を向けた後、背中を向けて去っていった。
突然激しさを増し、彼女の後ろ姿を掻き消すように降りだす雨。
なぜ。
こうなったのだろう。
瑞穂。
瑞穂。
瑞穂。
瑞穂。
瑞穂。
瑞穂が行ってしまう。
俺の手を離れて。
俺の
俺は、どしゃ降りに降りだした雨の中に霞む彼女の後ろ姿を追いかけ始めた……。
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