第77話 降りやまぬ雨13

翌日も尾行したが、あの黒いキャップの不審者は現れなかった。


「今日は、いなかったんだね……」


ほっとしたような安心感と、また捕まえられなかった不安とが入り交じった表情で、瑞穂がため息をつく。


今日の瑞穂は、学校指定のブラウスの上に紺色のカーディガンを羽織っていた。春からずっと伸ばしていた髪は、腰辺りまで伸び、肩や背中に柔らかい曲線を描いている。


「また現れるのは時間の問題だ」


「うん……」


小さく頷いて、瑞穂は目の前に流れる川面を見つめた。


「今日も非通知の着信はあったのか?」


「あったよ……」


瑞穂はそう言うと、カバンからスマホを取り出し、俺に手渡す。


昨日別れた後以降の着信履歴を見ていて、見慣れない名前の着信を見つけた。


(通話時間、1時間……)


「瑞穂。コイツは誰だ?」


俺は、その着信履歴の画面を出し、瑞穂に見せる。


「ああ、それは文化祭で同じ係になった人だよ」


「……これは男だな?」


「えっ、うん」


何気なく頷く瑞穂に、焼けるような苛立ちを覚えた。


「瑞穂」


「ん?」


こちらを向きかけた瑞穂の顎を掴むと、俺は、ぐいっとこちらに向かせる。


「……!」


驚いた琥珀の瞳が、大きく見開いた。


「なぜ、俺以外の男と話した?」


「……えっ」


動揺した瞳が揺らぐ。


「た、ただの文化祭のことを話しただけで……」


「内容なんて、どうでもいい。俺と付き合ってるのに、他の男に媚びる必要があるのかと聞いてる」


「こ、媚びる、なんて……そんな……っ」


突然降って沸いた驚きと恐怖に、瑞穂の瞳が潤んでいく。


「それから、ストーカーの相談を瑞貴にもしていたが……。これからは大切な話は、俺だけにするんだ」


「……っ」


「分かったな、瑞穂?」


しっかり、こちらと視線を合わさせながら聞く。


「瑞穂?」


「う……うん……」


掴んだ顎が小さく動いた。


「なら、いいんだ」


俺は優しく微笑むと、彼女の顎から手を外し、柔らかな茶色の髪をそっと撫でる。


まだ夕陽が沈むには早い時間だったが、心地よい風が川辺を吹き抜けた。



そして、数日後。


ヤツは現れる。黒のキャップ、黒の薄手のジャンパー、ジーンズと同じ格好で。


先を行く瑞穂は、緊張のためか、遠目にもどこか表情が強張っている。


安心しろ。


ソイツが日常生活を送れるのは、今日までだから。


俺は等間隔で、その不審者を尾行する。


駅前まで来て、その後川に向かう大通りを瑞穂が歩いていくと、ソイツもその後を付けていった。


人通りが少なくなった時。


俺は一気に、その不審者と距離を詰めた。


「……!」


ソイツが俺に気づき、軽く振り返った後、逃げ出そうとしたが、俺はその腕を掴むと、後ろに捻りあげる。


「痛……っ!」


苦痛の声をあげ、体を揺らしたため、被っていた黒いキャップが下に落ちた。


「誰だ、お前」


俺は片手でソイツの腕を捻ったまま、もう一方の手で顔を上げさせる。

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