第76話 降りやまぬ雨12

それから一ヶ月ほどの尾行で。


一定間隔を置いて、瑞穂の後を付けている不審な男を見つける。そいつは人陰や物陰に隠れながら、瑞穂の後を追っていた。


黒のキャップを目深に被り、黒の薄手のジャンパー、ジーンズを着用している。


俺もそいつと等間隔を保ちながら、尾行した。駅前まで来た時、そいつは人混みに紛れながら、瑞穂に接近する。


そして、スマホを瑞穂に向けた。


写メを撮るのか?


(コイツ)


暗い泥のような感情が沸き上がり、その不審者との距離を詰めた時。


「……!」


突然後ろから肩を掴まれた。


振り返ると、意外な顔が俺を見据えている。


「アンタ、榊原高2年の黒崎?」


普段校内で見かけた穏やかな表情とは違う、早川瑞貴が立っていた。


「だったら、何だ」


瑞穂への過干渉で、以前から元々鬱陶しいと思っていたから、瑞貴の手をはね除ける。細いくせして、力が強いのか、払いのけた後も、肩に指が食い込んだような軽い痛みが残った。


「アンタじゃないの?瑞穂を付け回してるのは?」


真実を暴いてやるといった鋭い目付きで、俺を貫いてくる。


そうか。


瑞穂は、例のストーカーの相談を瑞貴にもしていたのか。


俺にだけじゃなかったのか。


「何を証拠に言っている?」


「この目で見てたよ。アンタが中学の校門からずっと瑞穂を付けてたのを」


「……」


なるほど、そういうことか。


俺は、瑞穂に付きまとう本当のストーカーを尾行していたが、その俺を尾行していた瑞貴は、俺をストーカーと勘違いしているのだ。俺は小さく舌打ちする。


「……面倒だな」


「は?今何て?」


冷たい目に怒りの熱も込めながら、瑞貴の両目が俺を貫いた時。


「あれ、黒崎先輩?」


声の方に視線をずらすと、駅ビルの入り口近くに、今榊原中に通っている、以前生徒会で同じだった後輩が、手を振っている。


(丁度いい)


俺は、その生徒に軽く手を振り返すと、瑞貴に言った。


「何を勘違いしてるのか知らないが、約束があるので行くぞ」


俺は、偶然通り合わせた、そいつの方へ歩き出す。


ふと見ると、向こうで心配そうに、こちらを見守る瑞穂の姿があった。瑞穂の周囲を見回すと、黒いキャップの不審者はもういない。茶番の間に立ち去ったのだろう。


(余計なことしやがって)


瑞貴を一瞥すると、俺は偶然通り合わせた榊原中の後輩の方へ歩いて行った。


後輩と必要最低限の会話を交わし、別れてから瑞穂にラインを送る。


『今何してる?』


2分後既読がつき、すぐに返信が来た。


『お姉ちゃんと話していて、今ちょっと離れてライン打ってる。何か、お姉ちゃんが勘違いしたみたいで、ごめんなさい』


『それはいいが。瑞穂を尾行している本当のストーカーが分かったぞ』


『えっ。そうなの!?』


『今から直接話せないか?』


『ごめんなさい……。お姉ちゃんが、これから一緒に家に帰りなさいって言うから、帰らないと……』


(瑞貴あいつ本当に邪魔だな)


『そうか……。なら、また』


『うん、またね』


ラインを終え、俺はスマホをジャケットに仕舞った。

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